2010/08/30

【エチオピア】コンソ


これまで旅をしてきた中で、この地域が一番移動に苦労をします。
バスの出発時間が午前6時とやたらと早く、しかもオンボロバスで、人が集まり次第出発というシステムです。
アルバミンチから少数民族の集落を訪れるための拠点となるジンカまで行こうとしたのですが、直通がなくとりあえず途中のコンソという街まで来ました。
しかし、ジンカまで行くバスが待てども待てども来ません。
周りのエチオピア人に聞いても、来るとか来ないとか回答がまちまちで要領を得ません。
おまけに、観光客目当てのツアーガイドが付きまとってきて、車のチャーターをしつこく勧めてくる始末です。
結局、ここに一泊する羽目になり、翌日の午後までバスを待ちましたが、来る気配がありません。
もう一泊か?と諦めかけていたとき、一般の人がジンカまで行くというので、割増料金でしたが乗せてもらうことになり、やっと移動ができたという顛末です。

街に2,3件しかないインターネットカフェはダイヤルアップで激遅で、宿は蚊とダニが多くトイレもかなり汚いです。
しばらく辛抱の旅が続きそうです。

--

昼間から道端で卓球に勤しむエチオピア人。仕事ないんすねぇ。


アディスアベバから同行していた日本人達とひたすらバス待ち。やることないんで、食堂のテラス席でトランプやってたら、わらわらと人が集まってきた。トランプがそんなに珍しいのか?

2010/08/29

【エチオピア】アルバミンチ


エチオピア南部は少数民族が多く住んでいるということで、少し回ってみることにしました。

街自体は相変わらずの、田舎町です。
少数民族の集落へは、早朝 or 気まぐれにやってくるボロバスか、車をチャーターする必要があります。

ドルゼ族は目立った民族衣装を着ていないので見た目は普通ですが、生活様式とか食べ物の紹介があるので、積極的に観光客を受け入れている印象です。

お次は、唇に皿をいれている奇想天外な民族、ムルシ族を見てきます。

--

ドルゼ族という少数民族の集落を訪れてみた。霧が濃すぎる…


この集落はちゃんと観光客の受け入れ体制ができていて、このファンキーな頭の兄ちゃんがガイドをしてくれるのだ。ここの人々は民族衣装を着ていないので、見た目はその辺のエチオピア人とあんまり変わらないな。


形が象に似ている、偽バナナの木の葉で作られた家。


偽バナナの葉肉を削り取って、コチョという主食を作る実演までしてくれる。ちなみにこのお母ちゃんは某旅行ガイドブックに載ってるぜ。


最終的には葉肉を捏ねて発酵させたものを薄く延ばして焼いたものを主食として頂く。蜂蜜とか香辛料と一緒に頂いた。まあまあっす。


タバコを吹かすばあちゃん。シブいっすね。年季が入っとりますな。


毛皮を着て、踊りまくるドルゼ族の青年たち。よくわからんが、みなさんボブ・マーリーという歌手をリスペクトしているようだ。


外国人を見つけると、一斉に寄ってきて小銭を無心する子供たち。遊んでやると、そんなことも忘れて走り回ってるんだけどね。

2010/08/25

【エチオピア】アディスアベバ


エチオピアの首都、アディスアベバに来ました。
ゴンダールから12時間かかりましたが、窓の外の景色がきれいで見ていて飽きません。
どうやら、この辺りは新緑のシーズンで木々が芽吹いています。

ゴンダールから来てエチオピアの貧しさを目の当たりにしましたが、アディスアベバでも一般庶民は低レベルな生活水準です。
ボロボロの服を着ている少年や、道端で物乞いをしているばあさんを良く見かけます。
意外にもカフェやレストランが多く、以前イタリアに占領されていた影響もあるせいか、パスタなんかはそこそこ美味しく、また、コーヒー発祥の地らしくエスプレッソを嗜んでいます。
また、長らくアラブを旅していたのでなかなか手に入りにくかったビールも安く飲むことができます。

--

天気はイマイチだが、牧歌的な美しいパノラマが広がっている。広葉樹林も見られるし、なんとなく北海道の風景に似ているかな。


田舎の人々は結構照れ屋で素朴だ。東洋人が珍しいらしく、近づいて見に来るのだが、何も喋りかけてこない…英語が話せないからか。


牧畜の様子や畑が見えたと思ったら、崖っぷちが現れたりして、飽きないっすわ。


一昔前は、ドロドロのオフロードだったのだが、エチオピアも中国が来て道路を舗装している。バスの乗客の一人が、橋は日本の鹿島が作ったんだぜ、と教えてくれたら、ドライバーが気を利かせて橋のところで停車してくれた。


その橋から撮った青ナイル川。


アディスアベバの市街地。田舎町とは違って、一応舗装されている。安宿が集まるピアッサ地区はスリと金を騙し取ろうとする輩がウヨウヨしているので、注意されたし。滞在していた旅行者2名が被害にあった。


エチオピアは、二足歩行をした猿人が見つかった地だ。しょぼい博物館だが、猿人から新人までの展示がメインになっている。こいつは愛知万博で使ったものらしい。


その猿人「ルーシー」のレプリカ。本物はアメリカにあるらしい。


街そのものには見所はないし、ときめくものもない。エチオピア正教の教会、三位一体大教会を見に行ってみた。


中はシンプルです。


黒人の司祭ってちょっと違和感があるが、初めてキリスト教を国教化したのはエチオピアだ。


司祭の人と雑談をしていると、今日はお偉いさんのお葬式だと言っている。どおりで人が多いわけだ。司祭は白装束を着て、カラフルな傘を差している。


棺桶が運ばれてくると、親族からの泣き声が…


教会の敷地にいた巨大亀。こんな所でなにやってんの?

--
※安宿情報
Taitu Hotel
Ras Desta Damtew St, Addis Ababa

2010/08/22

【エチオピア】ゴンダール


スーダンとエチオピアの国境はあっさり越えることができました。
エチオピア側に入ると、雰囲気はだいぶ変わります。
スーダンはイスラム教なので女性を見ることはあまりないのですが、エチオピアはエチオピア正教というキリスト教徒が増えるので、女性を良く見かけます。
それにエチオピアの方が国境周辺でもゴンダールでも人が多く、しつこく話しかけてきます。
どうやらバスや宿の斡旋をして、手数料をふんだくろうする輩が多く、かなりウザイです。

とりあえず、世界遺産の古い城があるという、ゴンダールまできました。
その辺りは写真でコメントすることとして、この夜、世にも恐ろしい出来事がありました。
それはゴキブリです。
この辺りの国の虫害は有名ですが、私の身にも降りかかりました。
昼間はなんともなかった安宿の部屋ですが、夜になるとエライ事に…。
どこからともなく、ゴキブリが現れ、壁や床を這いずり回っています。
といっても、日本で見るような大きなモノではなく、小さくて動きも鈍いタイプです。
最初は、購入しておいた殺虫スプレーで撃退していたのですが、あまり効果がなく部屋が臭くなったので、サンダルで潰す作戦に変更しました。
しかし、撃退しても全く数は減らず、結局諦めてさっさと寝ることにしました。
朝起きて、床を見てみると打ちのめされた40匹程のゴキブリの死骸で埋め尽くされていました。
こんな所に長居できません。

人と虫がエチオピア最大の敵と思われます。

--

安宿近くの様子。今は雨期のようで、少し雨が降っただけで泥だらけになっています。着ているものもみすぼらしい…。わけわからん輩が付きまとってきて、最初はフレンドリーに話しかけてくるが、行き着くところは最終的に金だ。殺虫剤が100ブル(エチオピアの通貨単位)だ?そんなわけねーだろ!こりゃ大変な国だ。皆さんも気をつけませう。


古都ゴンダールの城。17世紀ごろにヨーロッパ風の城がアフリカに建てられたということで、「不思議の城」と呼ばれるそうな。


色合いと朽ち果て具合はいいっすね。この時の観光客は私一人だった。


城の中は特に何もないっす。


ダブラ・ブラハン・セラシエ教会。こいつも17世紀に建てられたそうで、現存する唯一のものだそうだ。エチオピア正教の教会は始めてきたぞ。


中はモザイク画がびっしり描かれている、小さな教会だ。


天井は聖ヨハネの顔で埋め尽くされている。ちと、気持ち悪りーな。


壁はキリストの誕生から処刑されるまでが描かれていた。目が大きく描かれているのが印象的だ。


教会を開けてくれた、司祭のおじいさん。壁画について簡単に説明してくれたんだが、アムハラ語で全く理解できず。

2010/08/20

【スーダン】ゲダレフ


ハルツームはさっさとおさらばして、エチオピア国境近くの街、ゲダレフに向かいました。
所要6時間程度と見込んでいましたが、途中、バスの故障で倍近くかかってしまいました。
特にラマダン中なので、移動中の飲み食いは日没までしないので、かなり辛いものがあります。
まあ、私の場合は適宜、水やコーラを飲んでいるので、渇きには対応できますが、日中はずっと腹減り状態です。

ゲダレフ自体は小さな町で、せいぜい1km四方に商店やレストランが並んでいるだけです。
ここまでくると、暑さはだいぶ和らぎ、移動中に見える景色にも緑が増えてきました。

スーダンでアラブの国は終わりになります。
イスラム教については、良い所、悪い所、感じるところが多くありました。
この辺りは、また別の機会に書こうと思います。

明日、エチオピアに入国します。

--

デラックスなバスのくせに、故障しやがって…。ドライバーのおっちゃんと助手がせっせと直している。


と思ったら、1時間くらいで修理を諦めた。よくわからんが、ハルツームから別のバスがやってくるらしい。おい、ここまで既に4時間以上は走ってきてるけど、ほんとに来るのか?スーダン人も呆然として待つのみ。結局ここで、4時間近く進めず。


最終的には別のバスに相乗りという形で先に進むことになった。調子よく走っていたら、急にバスが止まり、みんなぞろぞろ降りていく。ああ、お祈りの時間ね。ラマダン中なので日没と同時に簡単な食事を取り、みんなそろってお祈りです。バスでぼさっと待っていたら、お前も食えと、異教徒の私にも飯とチャイを持ってきてくれた。スーダン人マジいい奴。


ゲダレフの街の様子。ほとんどが平屋で道の両脇は未舗装といった感じだ。観光資源があればまだしも、何もないんだよな。結局、出会った外国人はフェリーで会った欧米人3人だけだった。

【スーダン】ハルツーム


失敗国家ランキング、堂々第3位の座に就いてしまっているスーダン、その首都ハルツームに来ました。
暑さは人が耐えうる程度になり、夜も過ごしやすくなりました。
これまで経由してきた街よりは都会で人も多いです。
特にわけのわからない輩もいないし、全体的に人は良いので、危険を感じることはありません。

というわけで、ハルツームはさっさと抜けてしまおうと思います。

--

宿の目の前の様子。ここ一帯が首都の中心地なんだが、未舗装の道路もあったりして、とほほな感じです。服屋と商店が雑然と並んでいるだけ。


中国人がやってきて、気合を入れて開発をしているのは本当らしい。作りかけのビルや、


周囲の景観にまったくそぐわない、奇妙な形のビルもちらほら。


モスクの前にいた少年。たくましく育てよ。


ハルツームは青ナイルと白ナイルの合流するところなのだ。ホワイトナイル・ブリッジという橋でその様子が見れるということで行ってみたが、警備の兄ちゃんに、「写真撮んなよ」とたしなめられてしまった。

2010/08/19

【スーダン】マラウィ


いろいろ調べてみたのですが、どうやら本当にスーダンにはこれといった見所がないようです。
でも、せっかくきたので、一箇所くらい観光をしようと思い、ピラミッドがあるといわれる、マラウィという街を目指しました。

一昔前は、ワディ・ハルファからの交通機関も、世界三大地獄といわれていたようですが、予想に反して交通インフラが整備されていました。
オフロードだった道は、きれいに舗装され、大型のバスが導入されています。
フェリーで同行したポーランド人によると、中国がスーダンのインフラを整備しているようです。
お陰で、クーラーの効いたリクライニングバスにで移動することができました。

ピラミッドははっきりいって、大した事ないです。
こいつは、トルクメニスタンで見たメルブ遺跡以下です。

ラマダン中なので、昼間は食事にありつけないので、早めにエチオピアを目指します。

--

ワディ・ハルファのバスターミナルで会った親子。この辺はヌビア人という民族が多く住んでいる。エジプシャンに比べると、肌の色が大分黒くなってきたな。


チャイ屋にいた兄ちゃん達。ラマダンだけど、さすがに茶ぐらいは飲まないとやってられないよな。


途中でバスの乗換えを指示された。ここどこだよ?あの小屋の前で待つこと3時間、マラウィ行きのバスが現れた。あー、日が暮れちまうよ。


マラウィでの寝床。昼間の日照りで建物が熱々になってしまい、夜になっても屋内は激暑!というわけで、ベッドを外に引っ張り出して、野営するのである。


みなさんも野営。ちなみにワディ・ハルファでも野営しますた。青い壷の中に、川で汲んだであろう水が入っていて、桶ですくって体を洗い、飲むのである。この旅の中で、最低レベルっす。This is Africa.


翌日、早起きして見に行った、ノリのピラミッド。もち、入場料とかそんなものはないっす。そういえば、久しぶりに雲を見た。


一番立派ものでも、このレベル。うーん、見に来た甲斐がないぞ、これじゃ。


辺りは、ちらほら樹木が見られるようになった。


暑さで、干からびてしまったのか…。私もこうなる前に、スーダンの首都ハルツームに行くとするか。