2010/03/28

【トルコ】トラブゾン


怒涛のイラン観光が終わり、1時間ほどビザの滞在期限が過ぎてしまっていましたが、マヌケな入国管理官のおかげて無事出国でき、ほっと一息ついています。
何よりアジア横断最後の国ということと、面倒くさくてしょうがなかったビザの心配がなくなったのはうれしい限りです。

国境の街ドウバヤズットで2泊し、黒海を臨む街トラブゾンにきています。
大きな見所はありませんが、お隣のイランとの違いは感じることができます。
イスラムの国ではありますが髪を隠している女性は少なくなり、むしろタバコまでスパスパ吸っている始末です。
なりより、世界三大料理のトルコ料理はバリエーションが多く、妙な臭みや辛さもないので、久々に食い散らかすことができそうです。

お次は世界遺産の街、サフランボルに向かいます。

--

ポズテペの丘からみたトラブゾンの街並みと黒海。港町っすね。


チャイを飲みながらのんびりできる。


サッカーが盛んなトルコ。ちゃんとしたサッカー場があった。芝で練習できるなんて贅沢だなー。


トルコはジャーミィ(モスク)が多い、というか多すぎる。ミナレットは一様にシャーペンのように細くて鋭い。一日5回くらい流れるアーザンが耳から離れない。


カラフルっすねー。


城壁近くの街並み。なんとなくヨーロッパっぽくなってきたなぁ。


こちらはマーケット。


黒海で獲れたとおぼしきうまそうな魚たち。イワシの素揚げにレモンをかけたのが美味!久しぶりに気の利いた料理に巡り合えた。


海岸沿いにあった遊園地。残念ながら「Kamikaze」は稼働していなかった。


チャイバフチェで日がなチャイを飲んでいる男たち。失業中っすか??

2010/03/24

【イラン】テヘラン


イランの首都ということで、寄ってみましたがノウルーズ期間中は博物館も商店も空いていないためほとんど見所なく終わってしまいました。
トランジットビザで来ているため観光できる日数が7日間しかありませんでしたが、イランにはもう少し滞在したいと思えるほどよい国です。

多くのイラン人が口にしていたのは現行の政府に対する不満です。
現在、核問題でアメリカとやりあって制裁を受けているイランですが、実際一般のイラン人はアメリカのことを嫌っていないという意見が多かったです。
また、英語が通じなかったため理由は判然としませんでしたが、中国とロシアはダメだ、というおじさんもいました。
そのおじさんにバスの中でなぜかキウイときゅうりをもらったのですが、真面目な中にも笑いのセンスを感じてしまいました。

--

イランの地下鉄。カード式の切符だし、車内も奇麗だし、やたら地中深く辛気臭い旧ソ連圏の地下鉄とは大違いだ。


地下鉄の通路にはコーランのギャラリーらしきものもある。


トルクメニスタンのニヤゾフ前大統領並に露出度の高い、イラン革命の指導者ホメイニー。きゅうりをくれたおじさんは現大統領ハータミー師もあわせて「ダメだ!」と言っていた。なんでだろ?そもそもこの看板の意味も不明。


「アメリカを撃ち落とせ!」アメリカ大使館人質事件の現場。本当はこの廻りをウロウロしたり写真を撮ろうとすると警察に止められるらしいが、新年のテヘランは閑散としていてもはや見張りすらいない。


「RUN IRAN」。イランのバスはデラックスだ!お菓子まで付いてくる。韻を踏むセンスも気に入ったぞ。


バスターミナルはバス会社ごとに窓口があって、システム化されている。このあたりの国にくらべるとしっかりしてるなー。でも、数字までペルシャ語なんで目的のバス会社まで辿り着くのが大変っす。


バスターミナル近くにあるアーザーディー・タワー。


イランの街は結構小奇麗としてるんだよな。


広場ではみなさん日向ぼっこ。イスラム圏だけに野郎が多いな。



イランはペプシもあるけど、パーシもある。その隣にあるきゅうりはどうしてくれよう?

2010/03/22

【イラン】シーラーズ


実はこの期間はイランの新年であるノウルーズの真っ最中です。
てっきりパキスタンのタキシラやハラッパーの様にペルセポリスも閑散としているだろうと予想していましたが、イラン人観光客でごった返していました。


エスファハーンで同じ宿に泊まっていた韓国人のリチャード(留学経験のある韓国人はよく英語名を自分につけるらしい)と予定していた日程が同じだったので、シーラーズへの移動と観光を共にしていました。
彼と一緒に歩いていてイラン人が驚くべき反応を示します。
その昔、おしんがイランで大流行しらしいのですが、今はイランでも韓流ブームだったのです。
どうやら、韓国の「じゅもん」とかいうドラマをほとんどのイラン人が認知していて東洋人をみるとすれ違いざまに「じゅもん!」と叫んできます。
おまけにリチャードの風貌が一昔前の浪人生のように、肩まで伸びた髪の毛を紐で縛り、牛乳瓶の底のような丸い眼鏡をしているので、かなり目立つのです。
本人たちには言えませんが、なぜか韓国人の多くは一昔(20年くらい?)前のファッションで日本人から見るとかなりヤバいんじゃないかと思います。
しかし彼はとても気立てのよい青年で、声をかけられると笑顔で挨拶を交わすので、イラン人がすぐにワラワラと集まってきます。

そんな彼と新年で浮かれた観光地の大量のイラン人の中に突っ込んでいったので、もはや遺跡観光どころではありません。
大流行りの韓国人と尊崇を受けている日本人の最強タッグは、数え切れないほど記念写真を共に撮られ、同じ質問に何度も回答し、しまいには「さっき君たち買ったそのコーラ、ぼったくられただろ?文句言ってやる!」とおっちゃんが売店の売り子に文句を付けて大騒ぎになる始末です。
イラン人の正義感の強さに感服です。

遺跡の方はというと、大昔の遺跡の割には保存状態がよく、というかちゃんと保存しようという姿勢が見られました。

--

ペルセポリスに到着。こんなに観光客が来ているとは予想外!


「そのカメラで撮ってくれ!」とせがんできたイランファミリー。


ライオンが鹿を仕留めた瞬間のレリーフ。2000年前のものとは思えないなー。実は世界史にかなり疎いのでそれくらいの感想しかもてないのです。


ペルセポリスの全貌。結構歩かなければならないほど広い。


ペルセポリスはアケメネス朝ペルシアの都だ。世界遺産っすよ。柱が3本…当時の姿はほとんど残っていなさそうだ。


おそらく支柱のあと。


イラン人はペルセポリスを誇りに思っていると言っていた。日本はそのころ弥生時代あたり?歴然の差ですね。


シーラーズのハマム。見学させてもらったら、お決まりの「写真撮ってくれ!」。こちらとしても面白い写真が撮れて感謝。


ハマムの脱衣所。イラン人は基本的にきれい好きだ。

2010/03/20

【イラン】エスファハン


エレヴァンから30時間程かけてイランの観光の目玉の一つであるエスファハーンに来ました。

国境周辺の山中では大雪に見舞われ、エレヴァンの春を忘れかけましたがエスファハーンに入ると半袖でも歩けるほど暖かくなっていました。

イラン人といえば一昔前まで違法テレホンカードを日本の街角で売りつけていたり、筋肉質のタレントがCMに出ているくらいのイメージでした。
また厳格なイスラム国家で保守的なイメージしかありませんでしたが、驚くほどの発展ぶりをバスの移動中から見せつけられました。
幹線道路は奇麗に舗装され夜はカラフルな電灯とイルミネーションで溢れており、貧乏臭いお隣のパキスタン(失礼!)とは雲泥の差です。
それに、服装もかなりアメリカナイズされていて男性だけ見ればイランにいるとはにわかに信じられません。
女性は法律通りスカーフとコートを来ていますが、ジーンズをはいていたり髪を金色に染めていたりして、あれ、アメリカ嫌いなんじゃなかったけ?と疑問に感じました。

街はやたらとイラン風ファストフード店が多くあります。
そのファストフード店でハンバーガの出来上がりを待っている時に、ニコニコしながらおじさんが隣に座ってきました。
イランはパキスタンやバングラデシュ同様、かなりの親日国のようです。
英語が喋れないらしくなにやらペルシャ語で話しかけてきます。
とりあえず「ジャーポン」とか言って返すと、俄然ペルシャ語で質問を浴びせてきました。
幸い近くにいた英語の喋れるおじさんの娘さんが通訳をしてくれて、「イランへようこそ」とか「イランはどうだ?」「日本の政府はいいと思うか?」などと訊いてきます。
私の回答にフムフムと頷くおじさん。
こちらも気になっていたことを質問してみました。
「そのスカーフは本当はとりたいんじゃないのか?法律がなくなれば取るのか?」
「付けていてもいいけど、うーんわからない」
この辺の心境は複雑なようです。
ナイキのシューズにリーバイスのジーンズ、アバクロのシャツを着ている程アメリカナイズされているにもかかわらず、その上からスカーフと体の線を隠すコートを着ているのはちょっと無理があるのでは?と思いました。

「世界の半分」とか言われているエマーム広場は素晴らしいです。
また、エマーム広場を囲むように展開されているバザールも旅行者をペルシャ気分をさせるには活気も雰囲気も十分と言えました。


--

国境周辺の様子。お、おい大雪かよ…満開の桜はいずこへ?


バスから取った写真。イランに入ったとたん炎上騒ぎ。大丈夫かー?


エスファハーンの街並み。ゴミ箱も設置され道も奇麗だ。これまで訪れたアジアの国の中でトップクラスじゃないか?


ファストフード店多し。でも、ポテトもないしパンを刳りぬいた中に牛か羊かわからない肉は挟んであって味はイマイチ。こりゃ、マクドナルドが入ってきたら大繁盛間違いなしだな。


エマーム広場の全貌。


マスジェデ・エマームの入口。こりゃーすごい。でもウズベキスタンのサマルカンドのレギスタン広場のメドレセの方が大きいような気がする。


見上げるとこんな感じ。モスクの入口とかでよく見かける、天井のあの不思議な凹凸は何を意味しているんだろ?


「青」使いはこちらの方が上かも。


親父さんに撮ってやってくれと頼まれたが、全く笑わなかったペルシアンボーイ。


女性は被写体になりたがらないと聞いていたが、バシバシ写真撮っております。ソニーのハンディカムとYASHICAのフィルムカメラという妙な組み合わせ率が高い。一眼レフ所有者はほぼゼロだったなぁ。


バザールの様子。日本語を喋る絨毯屋とかいるし、一日潰せるほどでかいし、いろいろなペルシアングッズが売られている。


細密画が描かれた宝石箱とか、


真鍮・銀製品も充実。


歩き疲れたら、エマーム広場が見渡せるチャイハーネで紅茶と水煙草を頂くのが恒例パターンだ。水煙草を試してみたが、フルーティーなリンゴ風味。メンソールの方がよくないか?


夜はライトアップされていてキレイ。相変わらず賑やかっす。


お祈りするイラン人。敬虔なイスラム教徒ですね。こんな感じでエスファハン終わり。よかったわー。

--
※安宿情報
Amir Kabir
Chahar Bagh St, Esfahan, Iran


2010/03/18

【アルメニア】エレヴァン


昨日、春一番のような暖かい強風が吹き荒れ、どんよりしていた天気が快晴になりました。

ビザの取得待ちでエレヴァンに滞在しています。
街はトビリシと比べると奇麗で、とくに建物に薄茶色(ピンクっぽい)の石が使われている所が目を惹きます。
また、桜(たぶん)がたくさん植わっており、満開の桜並木を見ると、たまさか日本の春が訪れたようです。

これまで旧ソ連圏を旅して来ましたが、どうも面白みに欠けるというか刺激が足りないという気がしていましたが、どうやらこの辺りの人々はつまらないからだ、思うようになりました。
一見ヨーロッパ風で彼らもヨーロッパの一員であると自認しているようですが、カルチャーは旧ソ連のままでは?と思います。
男性は皆、黒いジャンパー黒いパンツに黒い皮靴、女性もブーツの中にジーンズを入れ込み黒いジャケットと皆同じ格好をしており、多様性がありません。
食堂や商店でも社会主義的な無愛想な対応でそっけない感じがします。
また、多くの日本人旅行者が感じていると思われますがアジア人蔑視の傾向があるのでは?とも感じられ、マイナー国家のこれらの国で驚きました。
あちらは英語が喋れず、こちらはロシア語が喋れず、ほとんどコミュニケーションが取れないのもつまらない要因かもしれません。

観光は世界遺産のエチミアジン大聖堂に行ってきました。
こちらはイエスを刺したロンギヌスの槍とノアの方舟の破片と言われているものが展示されており有名です。

明日、なかなかビザをゲットできなかったイランに移動します。
--

グルジアからの国境。アルメニアに入ってから山越えをするのだが、山に木がない!草だけの山は初めて見た。なぜだ?そんなに寒くないと思うが…


エレヴァンの建物は薄茶色の斑模様の壁が多い。


バザール付近を歩いていると棺桶屋なんかもあったりする。


共産圏ではご用達の皮靴!君たちいつも履いていて蒸れないか?


こ、これはチョウザメ?キャビアを孕んでいるのかい?答えてくれー!


ぷらぷら歩いていたら突如現れた教会。


クリスチャンでもないただの旅行者のために写真に協力いただいた尼僧の方。どーも、すみません!


旧共産圏で度々みられる遊園地。まぁ、デパートの屋上にあるレベルと同じだ。富士急ハイランドとか連れて行ったら、楽しすぎて気が狂っちゃうかもね。


街の中心である共和国広場。こちらも薄茶色の石を使っている。


そして時計塔。


アルメニア正教の総本山、エチミアジン大聖堂。ここにノアの方舟の破片とイエスを刺したロンギヌスの槍が納められているという。


中は厳粛な雰囲気で、信者たちがローソクに火を灯していたりお祈りをしたりしていた。


どれがノアの箱舟の破片なのかわからず、係員に聞いてしまった。十字架の後ろの木片がそうらしい。へー、へー(棒読み)


そしてこいつがロンギヌスの槍だ。冬月、槍を使え…


大虐殺博物館のモニュメント。アルメニア人はかつてトルコ人に大量虐殺された経緯があるらしい。


そういった事情とか周辺国との民族問題等の複雑な事情のため、トルコ・アゼルバイジャンとの国境は解放されていないのだ。


奇声をあげていた若者。蔑視するのは一向に構わんが、わけわかってないと、こんな弱小国家、そのうちまとめて漢民族に食われちまうぞ。


路上で絵が売られていた。おっ、芸術とか盛んなのかなーなんて思った。


が、そうでもないようだ…。兜とか盾より服が先だろっ!!


も、漏れそうだ!

--
安宿情報
リダの家