2011/05/28

【パプアニューギニア】ゴロカ


ゴロカがこの旅最後の訪問地となります。

ゴロカの見所はマッドマンを始めとする、ハイランド地方に住む民族村訪問です。
薄々感じていましたが、今やパプアニューギニア人は普段から民族衣装を着ているわけではないく、祭事や観光用になっており、歩いている人は普通の服を着ています。

ツアー会社などを当たって、ゴロカで有名な「マッドマン」の情報を集めてみると、ツアーに参加すると1万円くらいするようです。
これだけ払うと集団のダンスなんかも見れるのですが、とてもじゃないですが、これだけのために1万円は払えません。
仕方が無いので、個人で村を訪れて、どんなもんか交渉してみようと思いました。
宿にいたパプアニューギニア人達に聞いてみると、たまたま宿の工事に来ていたアニキが村まで格安で連れて行ってやるとのことです。

果たして、その村まで行ってみると、至って普通の村で、言われなければまったくもってマッドマンの村とはわかりません。
村にいたおっちゃんに聞いてみると、普通はグループツアーなどの予約が入ると、7,8人のマッドマンを準備して、芸を披露しているとのことです。
個人の場合は、一応マッドマンの格好をして、写真を撮らせたり、お面を被ったりはできるということで、交渉の結果3000円くらいで手を打ちました。

マッドマンの様子は写真で見てもらうこととして、パプアニューギニア全体の観光に言えることですが、ツアーが主体で、個人で行けるような観光インフラがあまり整っていません。
もちろん私のように個人で訪れることも可能ですが、効率が悪く情報も少ないので面倒くさいです。
とはいえ、人は親日的で見所も民族・トレッキング・ダイビングなど色々面白いので、今後の観光産業の発展に期待したいです。

と、こんな感じでゴロカ終わりです。

約1年10ヶ月の旅が終わるわけですが、精神的な疲労が蓄積し、観光に対する意欲・新鮮味も低下し始めており、また、私としては多くの国と都市を訪れることができ、様々な経験・出会いができたので、完全燃焼したと言えます。

日本に帰るのが楽しみです。

--

これが最後の陸路移動か。何千キロ、バスに乗ったんじゃろ。旅の醍醐味ではあるが、もはやポンコツ、ボロバス、ダード道には心底飽き飽きしている。


山岳地域(ハイランド地方)に入ると、熱帯雨林から広葉樹林に変わり涼しくなってきた。草に覆われた山々がキレイっす。


Welcome To GOROKA. ゴロカで私の旅の全日程が終了する。見所は身体に泥を塗りたくって、奇妙なお面を被る民族、「マッドマン」だ。


賑わっているマーケット。活気があるのはいいけど汚いわ人多いわで、猥雑としている。しかも、集団スリも出ると言うしあんまり近づきたくないな。


と言いつつも、潜入してみた。いやー、アフリカそっくりだな。周辺の畑で獲れたと思われる果物や野菜が中心。


街の中心にあるルアンルアン劇場。祭事に使われるらしいが、平常時は公開していないので外から眺めるだけ。


最後の観光として、マッドマンのいるアサロ渓谷を訪れた。でかい村を想像していたけど、看板も何もないフツーの民家じゃん。観光客いねー。


マッドマンのお面。これメチャクチャ重いのよ。右から、老人(禿げている)・青年・老人(丸坊主)を表している。部族間の戦いの時に顔を隠すために被ったそうな。


そんで、マッドマン登場!うわー、1人だと全然盛り上がんねー。グループツアに入って高い金払えば7,8人マッドマンが登場して寸劇をしてくれるんだけど、個人じゃ高くて払えんよ。


パプアニューギニアの独立記念日(9月13日)周辺ではみんなそれぞれの民族衣装を着て盛り上がるらしいが、平常時は観光マッドマンとして稼いでいるのだ。


政府公認マッドマンファミリー。右のおっちゃんがマッドマンに扮してくれた。マッドマン以外にも、顔にペイントをして極楽鳥の羽を付ける民族とか、身体に骸骨のペイントをして踊る民族とかあるんだけど、個人で行くには高いし、これも観光用なんである。なんつーか、これはこれで面白いんだけど、リアリティに欠けるし消化不良って感じ。こんな感じで、全アクティビティ終了!明日、日本に帰りマックス★

--
宿
Lutheran Guest House
McNicholl St.

2011/05/25

【パプアニューギニア】マダン


ポートモレスビーとおさらばして、マダンという街にきました。

街は小さくのどかな感じです。
マダンのメインは近海の島に行ってのシュノーケリングと近郊の村訪問です。

シュノーケルの道具をリゾートホテルでレンタルしていたのですが、返却するときに偶然パプアニューギニアの観光促進の手伝いをしている青年海外協力隊の方と、現地のツアー会社の方に会いました。
パプアニューギニアはバジェット旅行者がほとんどおらず、情報も少ないのでちょうどよいタイミングです。
近郊の自然公園や村のことを尋ねると、懇意にしているローカルガイドを紹介できるということで、お願いすることにしました。
パプアニューギニアの土地の概念というのは、「そこに住んでいるの人のもの」という傾向が高く、実際に国有地がほとんどない状態らしいです。
ツーリストが単独で村を訪れるということに慣れていないらしく、また、道中強盗の類もでるのでセキュリティも兼ねてガイドを付けるのが一般的とのことです。
観光資源はそれなりにあるし、パプアニューギニア人もウェルカム的な雰囲気はあるのですが、コストパフォーマンスが悪い(つまり物価が高い)のと情報が少ないのは、私のような個人旅行者には結構辛いものがあります。

マダンは満足できたのですが、完全に予算オーバーです。

お次はこの旅最後の訪問地、ゴロカです。

--

マダンの街はポートモレスビーと違って、至ってのどか。これはコーストウォッチャーズの灯台。治安もだいぶマシなので昼間なら普通に歩き回れるぞ。


最後のビーチリゾートっす。ボートに乗って、まずはクランケット島という近くの島を目指す。


水の透明度は結構高いっすよ。ケアンズと比べると蒸し暑い。


15分程で、はい上陸ー。だいぶのどかな感じっす。ラオスのメコン川のデッド島に似てるかも。あっちは泥川だけどね。

ワーーッ!


島の教会。パプアニューギニアは意外にもキリスト教っすよ。ドイツ植民地時代に広まったそうな。どこかシュノーケリングができそうなところがないかと、島民のおばちゃんに聞いてみると、その辺にいた子供に「この旅行者をビーチに連れて行ってやって」と指示。


この寡黙なチビッコにのこのこ付いていく。


ビーチに着いた。誰もいねー。それにしてもこのチビッコはとてもよくできた子だ。シュノーケリングをしている間、荷物を見ていてくれた。


いやー、なかなかキレイじゃないっすか。死んでしまったリーフもちらほら見られたが、魚もいっぱいいるし、透明度も高い。


でも、リーフって見慣れないとグロテスクっすよね。あのチビッコはシュノーケリングの後、船着場まで案内してくれたのでチップを弾んでやったですわい。


お次はシアー島。ここのビーチも小さいけどホワイトサンドでキレイっすよ。もうちょっと物価が安くて情報があれば、もっとバックパッカーも訪れるようになって、有数の沈没地となれる素質は充分あるんだが。


この島はサイモン一家しか住んでいない。こちらが家長のサイモンさん。この方も親日家で「津波は大丈夫か?俺たちは心配していたぞ。みんな募金もしたしな。日本には世話になっているからな。」とのこと。


ここでも少しシュノーケリングしてみた。JICAの活動やODAによる空港や橋梁の建設は一般のパプアニューギニア人にも浸透していて、バングラデシュ並に皆感謝してくれているのである。


次の日は、マダン近郊の自然公園と村を訪ねることに。運良く出会った、青年海外協力隊にローカルのガイドを紹介してもらうことができた。ここはバレク自然公園。奥に見えているのは一枚岩の山に茂ったジャングル。


”公園”っていうほどの大きさはないんがだ、この岩から滲み出ている小川がきれいなんである。かなり硫黄臭いっす。沈殿した硫黄成分で川が青く見える。


ターザンをしているのはガイドさん。ここは映画「ロビンソン・クルーソー」(ピアーズ・ブロスナン主演)のロケ地になったらしい。


臭うほど硫黄成分が強いのにすっぽんがいる。バレク渓谷の見所はこんなもんかな。


ここにも村落があって、おばちゃんやら子どもが歓迎してくれた。


バスの乗換え地点になっているマーケット。この猥雑で汚い感じの雰囲気がアフリカっぽいのだ。


バモ村に到着。こいつはカカオの実。山に囲まれた自然いっぱいの村。カカオやタロイモなんかを栽培していて、自分たちで食ったりマーケットで売ったりするとのこと。


一先ずランチを頂いた。右奥から、サツマイモ、タロイモ、ヤムイモ×2と、ガッツリ芋づくし。ココナッツオイルで煮てあって、結構食べやすかったっす。


男子に見えるけど女子だよー。この辺りは、だいたい1つの村に1つの大家族が住んでいて、ほぼ自給自足らしい。土壌が肥沃で雨も降るので、種を撒いてほっておけば勝手に実が成ってしまうのだ。


意外にも庭や農地はキレイに整備してあって、まったくもって居心地がよいのである。色んな植物が植わっていて、薬になる葉っぱや家の屋根に使う用のヤシの木、トロピカルな花もいっぱいでランなんかもある。一応、ゲスト用のロッジもあるらしいので、のんびり泊まってみるのもいいかも。


パプアニューギニアは太平洋戦争で日本軍の戦場となったところ。こいつは残された砲弾と銃弾。


兵士が隠れた洞穴などなど、この村だけではなく、島全体にその残骸を見ることが出来る。


こんな感じでマダン終わり。なかなかいいところだったわー。お次は山岳の街、ゴロカからっす。うおー、これで最後の街になるのか…

--
宿
Lutheran Guest House
Coralita St. Madang

2011/05/22

【パプアニューギニア】ポートモレスビー


この旅も、とうとう最終章となりました。
80ヶ国目はパプアニューギニアです。
最後ってことで、あまり旅行者が行かなそうな国をチョイスしてみました。
どうやらパプアニューギニアはダイビングや民族の村の訪問、太平洋戦争の戦没者慰霊などがメインの、ツアー旅行が一般的のようで、個人で旅行した例はあまり聞きません。

空港から出てみると、オーストラリアとはだいぶ雰囲気が異なります。
到着ロビーでラストだなー、なんて一息いれていると、ポリスやセキュリティがワラワラと寄ってきます。
「おー、ウェルカム、ウェルカム。日本人?この空港は日本が作ったんだよ。」
「まじっすかー。そうそうJICAっすね。あの、この安宿に行きたいんだけど、街までバスあるの?」
「うーん、危ないからタクシーで行ったほうがいいよ。」
「ぐむむむ、タクシーか…」
一応、ロンリープラネット(洋書のガイドブック)の一部をコピーして持ってきており、それによるとポートモレスビーは結構危険であると脅してあります。
最後の最後で着ぐるみ剥がされるのもマヌケなので、しょうがなく宿までタクシーで行くことにしました。
そのポリスはボッタくられたり、行き先を間違えないように、タクシーのおっちゃんに見せるよう紙にメッセージを書いてくれました。
こういった親切は中東あたりで感じるものと似ています。

タクシーの車窓から見える景色もどこかで見たことのあるような感じです。
あまり建物や商業施設がない割に、手持ち無沙汰の人がウロウロしている、道にゴミが多い、しかも肌が黒い…まさに暗黒大陸、ブラック・アフリカの雰囲気に酷似しています。

無事、宿にチェックインをして、さて散歩でも行こうかとゲートを出ようとすると、セキュリティのおっちゃんに呼び止められました。
「おっす、何処行くの?銀行?スーパー?だったらこいつを連れて行け。危ないからね。」
どこからともなく、小柄なアニキが現れました。
宿のネエさんも隣から言ってきます。
「そのポケットには何が入っているの?カメラはおいていきなさい。腕時計にも注意して。」
夜は問題外として、まだ明るいしそんなに周囲の雰囲気が悪いわけではないのですが、かなり注意を促してくるし、しかもガイド兼セキュリティを付けろとも言ってくるので、歴戦の猛者の私もかなりビビってしまいました。
と、同時に旅行者をここまで気遣ってくれるパプアニューギニア人の親切心にも驚きました。

というわけで、今日以降どこへ行くにもセキュリティ兼ガイドが付いて、観光やら買い物やらをすることとなりました。
どうやらポートモレスビーはほとんど見所がありません。
さらに始末が悪いことに、仕事にありつくためにとりあえず首都まで出てきたはいいが、これといった産業もないのであぶれ者増えてしまい、治安を悪化させている、という後進国の典型的なパターンに陥っている感じです。

こんな体たらくなので、ほとんど宿でダラダラしていたわけですが、宿泊者のパプアニューギニア人は皆愛想がよく、ただ一人の外国人である私を気遣ってくれ、かなりの親日国であるということがわかりました。

お次はビーチリゾートのマダンに行きます。
実は島の北部へは山があるために道路が整備されておらず、当然バスもないということなので、飛行機で行くことになります。

--

パプアニューギニアの首都ポートモレスビーへは、ケアンズから1時間ちょっと。便変更か何かで3時間も待たされたぜ。


CWA(Country Women's Association)という宿に泊まったんだが、なかなか居心地がよかった。宿泊者はパプアニューギニア人ばかりだが、皆それなりの職業に就いていて、日本人に対してとても親切なんである。病院が近くにあるので、医療関連の人が多かったな。私がいたときは旅行者はいなかったが、本棚に日本語の小説が数冊あったので、ちらほら日本人パッカーが来ているのかも。


んなことより、彼らは私ひとりで外歩きをさせないのである。ポートモレスビーは追い剥ぎや強盗がよく出没するらしく、宿の使用人をボディーガード兼ガイドとして必ず連れて行けという。彼はマーク。そんなわけで、マークと一緒に観光をすることとなった。どんだけ危ないねん…


地元民が集まる商業地区ボロコに来てみたのだが、こりゃアフリカに舞い戻って来た感じだ。大した商業施設があるわけでもないのだが、とにかく人が多く、外国人はほとんどいない。タンザニアのダルエスサラームやザンビアのルサカを彷彿とさせる。


道も汚いっすわ。「ブアイ」とかいう、赤い木の実をくちゃくちゃ噛んで、その辺にペッペ吐き捨てるもんだから、道路の至る所がカスと赤い汁だらけになっている。インドとかミャンマーもこんな感じだったな。


民芸品のマーケットもあるが、広場に雑然とモノを広げているだけ。なんつーか、健全な活気が感じられないんである。


マークの友達。とはいえ、エチオピアやインドみたいに無駄に話しかけてくるようなウザったいやつはおらず、大体がフレンドリー。


ポートモレスビーはあまり見所がないっす。ここはボタニック国立庭園。パプアニューギニアの国鳥である「極楽鳥」をみたいんすよ。ここへもマークが付いてきてくれた。


これはヒクイドリ。でかいっす。庭園にはかトロピカルな鳥と動物が飼われていて、観察ができるようになっている。


一際厳重な檻を見つけた。ここに極楽鳥がいるのか!おー、いたいた。きれいじゃないっすか。


これでポートモレスビーでの目的は達成。わーいわーい。


道端でパパイヤを売る少女。みんな髪の毛がチリチリに逆立っている。黒人みたいだが、遺伝学的には全く違うらしい。


宿に近くでは子供向けの催し物が開かれていた。歌謡曲に合わせて踊ったり、ちょっとした寸劇があったり。みんな楽しそうじゃ。


宿のセキュリティのおっちゃん。夕方になると、外に出るなと言われるし、日中もほとんど見所がないんで、宿でダラダラしてました。お次はパプアニューギニアのビーチリゾート、マダンに飛ぶよん。

--
※旅情報
1キナ=約34円
ビザ:空港で取得可(100キナ)。
両替:イミグレーションにATMがあるのでビザ代も支払える。両替率が悪いので現金よりATMを利用する方がよさそう。街中にはよくATMがあるので困らないだろう。
物価:生活水準が低い割には高すぎる。バス(0.7キナ)や入場料、青果物は安いが、工業製品やレストラン、宿が高い。コーラ約3キナ、宿(CWA)70キナ、ファストフードのバーガーセット約15キナなど。コストパフォーマンス悪し。
ネット:ネットカフェが街に1,2件あるのみ。1時間20キナと高い。

宿
CWA Guest House
Taurama Rd. Boroko