2009/08/31

【中国】アモイ


土楼からバスであっさりとアモイに着きました。

バスを降りると、武漢や平遥と異なり沿岸部の発展具合がひしひしと感じられます。

観光の目玉はコロンス島という、租界地です。
漢民族も観光に訪れており、ずいぶんと賑わっています。
海岸沿いでは、一眼レフを持ったカメラマンが、ウエディングドレス姿の花嫁とタキシード姿の花婿を、激しく撮っている光景を良く見ました。
どうやら漢民族は、結婚記念はこういった景勝地で、ドラマのワンシーンの様なショットを撮るのが好みのようです。
それにしても漢民族は金持ち・多趣味になったなぁ、と思います。

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租界地だったアモイは思いのほか発展していて、特にコロンス島は異国情緒に少し溢れている。内陸の都市から来ると、結構洗練されているなぁと思う。


海水浴客もちらほら見られる。


最近の中国は観光地の物価が上昇している。日光巌とかいうあの岩山に登るのにもやたらと高い入場料を払わせられるのだ。


武漢でも見られた銅像はアモイにもあった。


太原とか武漢とか内陸の都市とはちがうなー。


山の上に南普陀寺という寺があるということで登ってみたが、こいつがまた大変だった。岩壁の所々に寺があるのだがどこが最終地点なのかわからない。


ドラゴン。



とりあえず反対側が見えるところまで登ってみたが暑かった~。眺めは◎である。


売店で見つけたたこ焼き、ではなく石板焼き。ソースがなんか違うなー、と思いつつ久しぶりの日本食で満足。写真は…食った後です。スミマセン。

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※宿
厦门国际青年旅舍
福建省厦门市思明区南华路41号

2009/08/29

【中国】永定


武漢から龍眼というところまで列車で行き、そこからはバスで土楼を目指します。

龍眼についたのは夜遅かったので、駅前にあった安宿に投宿することにしました。
明日、土楼に行くべく、バスターミナルを探さなければなりませんが、どこにあるかわからず、ものは試しで、ずーっとフロントでインターネットをしている、おたくっぽい兄ちゃんに聞いてみました。
しかし、案の定英語が通じません。
こまった顔をお互いしていると、突然グーグルを開きだし、土楼への行き方を中国語から英語に翻訳し始めたのです。
おお、ナイス!これぞ「インフォメーション・テクノロジー」じゃん!
漢民族のくせに気が利いてるじゃありませんか。
おまけに、インターネットやりたい旨を伝えたら、快くやらしてもらえました。

無事、土楼に到着すると、安宿のお母ちゃんが寄ってきて、土楼に泊まりなよ、と客引きしてきます。
いいタイミングと思い、部屋を見せてもらうことにしました。
部屋は木造のボロく、土楼内にはトイレもシャワーもないとのことでしたが、別館の安宿の方で貸してもらえるとのことで、かなり値切って泊まることができました。

世界遺産になっているこの土楼は、整備されている有料の公園内にある土楼を見学するか、近郊の集落にある土楼までバイクガイドを頼むか、選ぶことになります。
宿のおかあちゃんとその息子がしきりにバイクガイドを売り込んでくるので、結局こちらを選ぶことにしました。

土楼、なかなかいいです。
今でも住んでいる現役の土楼もあり、じいちゃん、ばあちゃんが、出迎えてくれます。
円形の土楼が主流ですが、正方形のものもあり、近くの丘から土楼の群れを見渡すことができます。
これは、わざわざ見に来た甲斐があったというものです。

この夜、激しい雨と落雷があり、数時間停電しました。
なんだか、部屋の窓が壊れていて大量の蚊が入ってくるので、1泊でおさらばして、次の街を目指します。

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武漢から列車で龍眼というところまで移動し、そこから土楼のある永定までバスで行く。


土楼とは巨大な円形の集合住宅で世界遺産にもなっている。


こいつが土楼だ。土楼に泊まれるということで部屋を見せてもらったがこれがひどい…トイレなし、シャワーなしでホテルのを使ってくれと言われる。まぁ、いっか。安いし。


中から見上げるとこんな感じ。


見下ろすとこんな感じ。ところどころにお年寄りが住んでいたり、鶏が飼われていたり。あまりきれいな環境ではない。


宿の兄ちゃんにバイクガイドを頼んで、近郊の土楼を廻ってみた。円形だけではなく、四角も見られる。この丘で写真を撮っていたら急に土砂降りになった…。


宿に帰るとバイクガイドの兄ちゃんが茶を淹れてくれた。そう、ここは茶で有名な福建省なのだ!ちゃんとお茶淹れセットが用意されていてお猪口みたいな湯のみで、熱いままグビっと飲むのが作法らしい。

2009/08/27

【中国】赤壁


映画「レッドクリフ」で上映されちょっと有名になった、赤壁古戦場に行ってみることにしました。
小説、漫画、ゲームと一通り三国志にハマった時期があり、ぜひとも行ってみたいと思いました。

まずは、武漢から赤壁行きのバスに乗り赤壁市まで行ってみることにします。
1時間ほどで着いたのですが、市内の中心部らしきところが終点でここがどこかもわかりません。
実は日本からガイドブックの類を持ってきていなかったので、いきなり迷うことに。
事前調査によると、ここからさらに赤壁鎮というところまでローカルバスに乗る必要がありますが、バス停のありかもさっぱりわかりません。
しかし、30分ほどウロウロしていると運よくバスターミナルを発見することができ、おぼちゃんに赤壁鎮行きかどうかを確かめ乗車しました。
1時間ほどボロバスに揺られ終点の赤壁鎮に到着しましたが、またしても古戦場跡とは離れた所で降ろされ歩いて目指すことになります。
またしても30分ほど歩きようやく発見しました。
入口には映画「レッドクリフ」のボードが掲げられていましたが、中はほとんど人がいませんでした。
この時期、暑すぎるからでしょうか?

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赤壁鎮にあったゲート。ここまで来るのにも一苦労だぜ…


ようやくみつけた赤壁古戦場跡の公園。改装しているようで結構きれいじゃないか。


三国志ファンなら、おぉ!と喜びそうな像があったりする。こちらは「桃園の誓い」だ!実は赤壁とは関係ないんだがよしとしよう。


「レッドクリフ」の主人公、周瑜。かっこいーじゃん!


目指すは揚子江にかかっている「赤壁」の石碑なのだが、そこまでたどりつくのに一山歩かなければならない。途中、櫓とかが再現されていてみどころはあるのだが、いかんせん暑さと疲労でじっくりと見ている余裕はない。


赤壁の戦いで曹操を惑わした小喬。茶館があったが営業していたかは不明。


やっと川岸まで着いたぞ!やたらとでかい周瑜像。あまりかっこよくないな。


周瑜像の後ろにある川への階段を降りると…「赤壁」発見!おぉ、と思わずため息が漏れた。それにしても誰もいないなぁ。


ひーこらと元きた道を戻って赤壁駅に着いた頃には日が暮れていた。


列車の来るまでの時間、食堂で夕食を頂くことに。青島ビールがうまい!おばちゃんが好きなだけ飯を食えとボールごと持ってきてくれた。シェシェ、シェシェ!
いやーもう、辺鄙なところにあるもんだから、大変だったなぁ。

2009/08/25

【中国】武漢


平遥からの列車でも、英語が喋れる大学生と仲良くなることができ、なかなか快適でした。

これといって、大きな見所がない武漢ですが、三国志の「赤壁の戦い」で有名な赤壁古戦場を訪れるために来ました。
一応、黄閣楼や揚子江をちらっと見て回ったのですが、相変わらず中国の街はでかく、しかも暑すぎるので早々とギブアップしました。
高い湿度のため、夜でも蒸し暑さは変わらず、扇風機のみで汗だくで寝ることとなりました。

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中国三大釜と言われているほど暑い武漢。湿度が半端なく高いぞ…。こういった銅像が中国の大都市のいたるところで見られる。


橋から見た揚子江の眺め。泥っぽいな。


まさかと思ったがやはり泳いでいた漢民族。ちょっと泳ぎたかったが、泥だらけになりそうなのでやめといた。


船で向こう岸にも渡れる。うー、暑い!


な、なんなんだ!どんな世界なんだ?と思って確認したらただの婦人服商店街じゃん。まぁ、武漢には特に見所はない。明日は気合入れて赤壁に行ってみるか!

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※宿
武汉探路者国际青年旅舍
湖北省武汉市湖北省武汉市武昌区中山路368号

2009/08/23

【中国】平遥


中国は列車網が発達していて、大都市間は主に列車を使います。
列車には寝台と席の2種類(臥・座)があり、グレードもそれぞれ2種類(軟・硬)あります。
中国語で書くと上記を組み合わせて軟臥・硬臥・軟座・硬座となります
大都市間の移動は20時間近くかかる場合が多いため、安くそれなりに快適な硬臥が人気で、私もフフホトから平遥まではこのチケットを狙っていました。
しかし、前日に買いに行ったということもあり満席でどのチケットもありませんでした。
そうなる場合は、上記に属さない激安の「無座」というチケットを買うしかありません。
つまり、席の予約なしで満員状態で数時間を漢民族と過ごすという、なかなか過酷なチケットなのです。

何とかなると思って買ったのが間違いでした。
大量の荷物を背負ってくる労働者(通称、民工)とぎゃーぎゃーと騒がしい若手漢民族で列車は満員状態になってしまいました。
最初の5時間は立って過ごしたり、無理やり席を詰めてもらってスペースを空けてもらったところに座ったりでかなり疲労でしたが、どこかの大都市で大量に下りて行ったのでようやくまともに座ることができました。
かたい木の椅子なのでまともに寝ることもできず、平遥に着いた時は疲労困憊でした。

ということで、中国での列車のチケットは早目にとりましょう。


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世界遺産の平遥古城。


そしてその城壁。


通りは西洋人と漢民族の観光客でにぎわっている。灰色を基調とした瓦や街並みが雰囲気を出しているが、ここも観光地として整備され過ぎてしまっているように思う。


城壁内は寺とか博物館もあり。中でも注目したのが科挙博物館。今で言う、国家公務員試験みたいなものだが主な出題内容は四書五経だ。実際の答案用紙も見れたのが興味深い。


路上で売っていた土産。ちょっと意外だなと思うのが、西洋人ってこういうベタ土産好きなんだよな。ゲストハウスで朝飯食ってたら、隣の西洋人が「すぐそこに日本刀が売られているが、本物かどうか調べてほしい」と。
わざわざ行くのがめんどくさいので、「作者の名前が刀に掘ってあるだろうから見てきてくれ」というと、ダッシュで見に行った。メモ用紙には「山本太郎」と書かれていた…。真相を告げるとしょんぼりしちゃった。


特に見所はないが、列車の出発日まで時間があったので日帰りで太原に行ってみた。中国の建物は基本でかい!


西安の大雁塔風の寺があった。


黄河の支流。


河原ではポートレート会が行われていた。10年前はカメラすら滅多に持っていなかったが、いまや富裕層は一眼レフを振り回している。

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※宿
平遥和义昌客栈
中国平遥古城内南大街165号

2009/08/20

【中国】フフホト


久しぶりの中国列車移動になります。

中国の駅の切符売り場のおばちゃんの態度は相変わらず、横柄でこちらが行き先を指定した紙をわたしても、「そんな列車はない」とか「満席だ」なんてことを言って、まともに買えないときもしばしばあります。
また、買いに来た漢民族も列に並ぶことを知らないので、横から割り込んだりして、律儀系パッカーの私は特にイライラさせられます。

どんなもんになっているかと思い、9年ぶりに列車に乗り込んだわけですが、なかなか面白かったです。
中学生くらいの男子が、英語を喋り、私が日本人とわかると興味をしめして話しかけてきます。
一昔前は英語を喋る人は珍しいくらいでしたが、ずいぶんと漢民族も変わったようです。
寝ている私をたたき起こして、昼飯一緒に食おうとか、写真を撮ろうとか、なかなか食いついてきます。
同じ車両に、女子大生が乗っており、喋っていると、一人の子は家で安宿をやっているとのこと。
渡りに船といわんばかりに、列車で仲良くなれるとはラッキーでした。
その子はハルピン大学で英語を勉強しており、ちょうど家に帰るところでした。

フフホトに到着し、のこのことその子についていくと、おお、何とも古い安宿がありました。
近くの寺に案内してもらったり、昼飯を家で食べさせてもらったり、草原ツアーを探してくれたりと、いろいろ世話をやいてもらいました。
大学生あたりの外国人への意識は、一昔前とは違うようです。

フフホトに来た目的は、草原ツアーに参加することです。
モンゴルに近い内蒙古自治区にも、モンゴルの文化の影響が入っているので、街中の標識でもモンゴル文字が併記されていたりします。
草原ツアーは値段の割にはまぁまぁといったところです。
漢民族の客も多く、昔に比べて値段も跳ね上がったようです。

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内蒙古自治区のフフホトの街並み。建物もモンゴル風に演出されている通りもある。


宿の近くにあった大召という寺。女子大生が案内してくれた。日本ほど垢抜けてないが、感覚としては近しいものがあった。やっぱ、高等教育を受けている人間は違うなー。


市街地でロバ登場。


フフホト名物の草原ツアー来やした。こちらのパオで一泊することもできるが、やたらと値段が張るのでやめといた。結構、中国人観光客が来てた。外国人は4,5人だったかな。


集落の入口にあったゲート。


ひたすら草原。


乗馬もできたんだがぼったくり料金なのでやめてしまった。


広大な草原の中にちょこんとある。でも天気がイマイチだなぁ。


一緒にツアーに参加した漢民族とパオでランチ。油っこい中国料理と違い、味付けはあっさりしていてまあまあ。少しだけ写っている父ちゃんが、めちゃくちゃ強い酒を勧めてきた。おかげで少し酔っぱらったぞ。


実は草原ツアーは現代風に整備されている。観光用のパオがあちらこちらにあるし、ちゃんとモンゴル相撲担当、乗馬担当の兄ちゃんがスタンバイしていてプログラムができあがっているのだ。昔ながらの…的な雰囲気は期待しない方がよいかも。

ドライバーのおっさん。わざわざビザ取ってモンゴルまで行くのが面倒くさかったんで、フフホトで我慢したんだが、そこそこ満足っす。

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※宿
内蒙古宾悦国际青年旅舍
内蒙古省呼和浩特市赛罕区昭乌达路52号