2010/02/19

【ウズベキスタン】サマルカンド



サマルカンドに行きたいがためにわざわざ中央アジアのくんだりまで来ました。

タシケントではビザ取得の最難関?といわれるトルクメニスタン大使館(通称バラモス城)に行ってきて、一回戦目は勝利(ビザ申請受理)しました。
ここは入館するために朝6時ころに出向いて入館リストに名前を書かなければならず、午前中の2時間の間に名前が呼ばれなければ申請ができないといった、面倒くさい手続きが必要なのです。
始発のメトロに乗ってリストに書きに行くと、なんと1番!
なかなか幸先がよいです。
しかし、申請が受理されてもお粗末な仕事しかできない大使館員のせいで処理がなされていないとかで3週間も待たされたり再申請した旅行者が多くおり、油断は禁物です。

申請中は観光にいくことにしました。
サマルカンドのメドレセは素晴らしいです。
久し振りにいい観光ができました。

偶然ですが、泊まっていた宿の息子の結婚式の誘いを受け、滅多にないことなので予定を変更して出席することにしました。
式は午前中から始まります。
新郎は伝統的な服(王様みたい)を着て、新婦はウエディングドレスを着ていました。
新郎と大勢の新郎の親族・友人たちが新婦の家に迎えに行き、ランチをいただきます。
儀式の意味はよくわかりませんでしたが、蜂蜜が出てきたり、札束を投げたりして、この辺りはウズベク流と思われました。
その後、サマルカンドの主要観光地を回って記念撮影をします。
その間、友人たちは歌えや踊れやで盛り上げまくってます。
披露宴では、久々においしい御馳走をいただき、ここでも友人たちは踊りまくりです。
外国人がいるということで、いろんなテーブルに呼ばれまくり、ウォッカ注がれまくり、フロアに来いといわれ踊らされまくりで、楽しかったです。
基本的に新郎新婦は黙って座っているといった感じで、友人たちと騒ぐことはありません。
最後に新婦を新郎の家に送り終了です。
新婦は40日間家から出てはいけないといっていました。可哀そう過ぎですね。

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非公開のミナレットから撮ったレギスタン広場。警備員が小遣い稼ぎのために、こっそり登らせてくれるのは有名な話。でかいしきれいだし、すげーな。


シェルドル・メドレセ。メドレセとは神学校のこと。こりゃー立派だよ。


内部の天井には細かい施しが。


学校の先生かな。


全容はこんな感じで迫力満点。


夜のレギスタン広場。中央アジア最強だな。次の日も眺めに行ってしまった程だ。


レギスタン広場の周辺は整備されている。ちょっときれいにし過ぎでは?というくらい、道は舗装され商店はどれも新しい。


こちらはグリ・アミール廟。こちらの先端部分も青が使われている。


先端をドアップで。


細い路地に所狭しと廟が並んでいる、シャーヒズィンダ廟群。


レギスタン広場のメドレセより濃い青だ。


彫刻も細かくて目がチカチカしてくるほどだ。


結婚式を盛り上げる楽隊のみなさん。


そして新郎新婦の入場だ!ウエディングドレスなところが西洋風?


披露宴では久しぶりの御馳走が並んでいた。チーズやらハムやら南アジアではお目にかかれなかったので、かなり感謝!ワインもビールも飲み放題!


会場では生バンドとカラオケに合わせて踊りまくりだ!

2010/02/14

【パキスタン】ムルターン





この髪のせいでちょっと目立ってしまっていますが、これでパキスタンの観光は終りです。

ムルターンはタルガー(聖者廟)が多くのある街で、旧市街地は城壁に囲まれていてバザールも活気がありよい雰囲気です。
タルガーは美しく青い細工が施されていて、多くのパキスタン人が観光に訪れています。

締め括りとして、インダス文明の遺跡であるハラッパ-に行ってみました。
ラホールとのちょうど間にあるので片道3時間以上かかりましたが、多くのお人好し&興味本位のパキスタン人に導かれ、かなりローカルな場所にもかかわらず、スムーズにたどり着きました。
肝心の遺跡ですが、朽ち果てまくっていて後片もわかりません。
なにしろ、4000年近く前の遺跡なのでレンガの積み跡がわずかに残っているだけです。
モヘンジョダロの方が遺跡の保存がよいようですが、危険&遠いということで諦めました。
博物館には発掘された石器らしきものや壺、ほぼ完全な形で残っていた人骨が展示されていました。

パキスタンはインドほどわかりやすい遺跡が少ないですが、ガンダーラ美術やインダス文明、フンザ等の山岳地域があり、なかなか味わい深いです。
またタクシー以外はぼったくったりしないので、インドよりストレスなく旅ができました。

そういえば、初日ラホールで見かけて以来観光客に出会っていません。

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ムルターンの時計塔。パキスタンは茶色の建造物が多いな。


代表的なダルガーである、シャー・ルクネ・アラーム。


中には参拝客がたくさん。花が添えられているのが、聖者の棺?を模していると思われる。


外では双眼鏡のレンタル屋があった。だいぶひまそうだったな。うーん、パキスタンにはロクな産業がないのか。


最近作られたと思われるモスク。ふらっと入ってみた。


中に入ってみると、とてもきれいな細工が!


天井はこんな感じ。細工が激しすぎて奥行きがわからなくなる。


案内してくれたムスリム。パキスタン人はいい奴が多いな。


バザールでは色を塗られたヒヨコが売られていた。大きくなったら食っちゃうの??


日帰りで行ってきたハラッパー遺跡。見事に何もない。


なんだこれ。


遺跡の入口にいた学生たち。異星人を見るかのような目つきでそわそわとこちらを伺っていたが、ジュース屋のおっちゃんが撮ってやってくれと彼女とたちを促すと、一様に硬い表情に。はぁ、外国人にもカメラに慣れていないのね。


ごめんよ!ってな感じでムルタン終わり。ラホールに帰って、ウズベキスタンに飛んじゃいマックス。

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安宿情報
Taj Hotel
Nawa Shehar Chowk, Multan

2010/02/09

【パキスタン】イスラマバード2



ビザの延長と航空券の手配だけのために1週間近くイスラマバードに拘束されて言いましたが、本日やっと事務処理が終わりました。
顛末をすべて書くと数時間かかりそうなのでやめておくことにします。
「~スタン」とつく国の役所関係の手続きはしばしば旅人の心を折ることがあります…。

日曜日は役所も会社も休みになってしまい、特にやることがなかったのでイスラマバードと対になっている街、ラワールビンディに行ってみました。
最近パキスタンは生憎の雨で、特に気合もいれずバザールを歩いてみましたが、普通の商店街と言った感じで猥雑な雰囲気はありません。
そろそろ帰るかな、と考えていた折、小奇麗な美容室を発見しました。
覗いてみると見た目は日本の美容室とあまり変わりません。
日本を出て以来自分で切っていた髪はいびつに伸びてしまい、なにか処理をしたいなと思っていたので、好都合です。
「こんにちは。髪切りたいんですけど。」
「もちろん大丈夫だよ」
店内を見渡してみるとパーマのかかった男性のポスターが貼ってあります。
「パーマかけられますか?」
「どんな感じがいいの?」
なんと、パキスタンにパーマの技術があったのです。
「うーん、写真とか見せてくれる?」
「これしかないなぁ。」
美容室の兄ちゃんは簡単なパンフレットを見せて、あれこれ勧めてきます。
「そのパソコンはインターネットにつながっている?写真検索してもいい?」
「OK!」
ということで、日本語の打てないパソコンでとりあえず画像検索して、こんな感じ、と打診してみました。
「うーむ…できるかなぁ?ちょっと待って、エキスパートをこれから呼んでみる」と携帯電話を取り出しました。
「エキスパート!」
すげーじゃん、と思いながら待つこと20分、そのエキスパートが現れました。
なんと、その辺を歩いていそうなおっちゃんです!
じっとパソコンのモニターを見つめて頷きました。
「うむ、できる。時間かかるけどいいか?」
「OK!どうせ暇です」
このおっちゃんい賭けてみました。

それから4時間、髪をクルクル巻いて輪ゴムで固定し謎の液体をかけ、ゴミ袋を頭にかぶせ、待機し、洗髪し、また謎の液体をかけて待機という処理が行われました。
そもそもパーマをかけたことがないので、正常な処理かどうかはわかりません。
待機中はチャイを出してくれたり、客が冷やかしに来たりと、パキスタン人は面白いです。
いよいよ、クルクルをほどき鏡を見てみると、一昔前のおばちゃんパーマみたいになっています。
こりゃ、ヤベーぞと思っていましたが、おっちゃんはてきぱきとドライヤーをかけ始め、手櫛で無理矢理髪を伸ばしていくと…パパイヤ鈴木みたいになりました。
イメージ通りじゃなですか!
最後はおっちゃんとがっちり握手をして別れました。

ホントにパキスタン人は憎めないです。
そろそろイスラマバードを脱出します。

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航空券の手配をしてくれた旅行代理店のおやじさん。とてもいい人なんだが、いかんせん仕事が遅い。


ラワールピンディではかなりイケてると思われる美容室。オレンジで内装や制服を統一している。


日帰りで行ってきたタキシラ遺跡。地元民が日向ぼっこをしていた。観光客いないのね。


タキシラ遺跡はカンダーラ時代の遺跡でインド仏教の中心地だ。世界遺産すよ。


こんな感じで仏像がたくさん彫られている。


東南アジアのやたらとでかく珍妙な仏像とは違い、シンプルで穏やかな表情をしているところが好ましい。


タキシラはたくさん遺跡があるのだが、1つ1つが数キロずつ離れていて、とても歩いてすべてを廻れない。こちらは2世紀ごろの首都の遺跡だ。うーん、誰もいない。日が暮れてきた…帰ろ。

2010/02/06

【パキスタン】イスラマバード



ビザ関連の手続きのためにイスラマバードに滞在しています。

イスラマバードは計画都市として作られた街なので、道は広く碁盤目状になっており歩きやすいです。
特に見どころはないのですが、飯が結構おいしいくカレー以外のものも目につきます。
夜になるとフライドポテトやチキンスープなどの屋台がバザールに出てきて、これがなかなかおいしいです。

久し振りにキレイ目のレストランに入ってみました。
なんとステーキが安い!
700円くらいでかなり分厚い肉が食べられます。
インドでは牛肉が食べられなかったので、かなり嬉しいです。

実は今日はカシュミールの日という祝日でした。
お店も官公庁もすべて休みです。
そとではカシュミールについての演説をしていました。

そういえばパキスタンに来てから、中国人と間違われることが多いです。
国境を接しているかでしょうか?

これから同じ宿のパキスタン人と飯食ってきます。

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奇麗に整備されたイスラマバードの街並み。


ジュース屋。街なかにはファストフード屋台が出ていて、ホットドッグやポテトなんがか充実している。そういやマックは見てないなぁ。


イスラマバードで最も栄えている地区にあったレストラン。ステーキ頂きやした。久しぶりにまともなもん食ったなー。インドでは牛肉食えんかったし。


特に歴史的な建造物ではないが、サウジアラビアの王様の寄付によって作られたシャー・ファイサル・モスク。


こんな女性もちろん外を歩いてはいないが、気合いをいれるとこんな感じになるのであろう。だいぶ濃いっすね。


インドとの間で根深い問題になっているカシュミール問題。カシュミールの日ということで、なにやら集会をやっていた。こんな言い方よくないかもしれないが、パキスタン人は真面目過ぎるというか頑な過ぎるというか、やたらと過去にこだわる傾向があると思うな。

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安宿情報
Youth hostel Islamabad
Shaheed-e-Millat Road, G-6/4, Aabpara, Islamabad

2010/02/01

【パキスタン】カリマバード



ギルギットから車で4,5時間のところに、人気のカリマバード(フンザ)があります。

ギルギットからの直通バスでカリマバードに行くはずが、手前のアリマバードで降ろされました。
「すまん、君しかいないから乗客がいないからここで終わり。乗合タクシー(通称:スズキ)に乗り換えてくれ。」
と運転手が行ってきました。
やれやれと思いながら荷物を降ろしていると、おっさんが話しかけてきます。
「どこのホテル行きたいの?コショーサンGH?」
「どこでもいいですよ。」
「ここにコショーサンがいるよ。」
というわけで、いきなりGHのオーナーが登場し自家用車でカリマバードまで連れて行ってくれました。
しかも、私は2010年最初の客だということが判明しました。

7000m級の山と山の間にフンザ川が流れていて、谷に村が点在しています。
眺めがよいし村人もいい人ばかりで、人気が高い観光地であることもうなずけます。
しかし、今はオフシーズンで、確かに歩いている外国人は私一人でした。
春は杏と桜の花が咲き、とてもきれいだそうです。
所々に日本のNGO等がカリマバードの開発・援助をしていて、日本人はパキスタン人の受けがかなりよいです。

それにしてもオフシーズンだからと言って、水もシャワーも出ないのはちょっときついです。

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コショーさんゲストハウス。なかなか渋いおやじさんです。


カリマバードの子供たち。ここには日本人登山家が協力して建てた学校がある。私も少し寄付してみた。


カリマバードの街並み。石造りで雰囲気出てます。


この辺の見どころはバルティット・フォートくらいで、あとは名峰を仰ぎみたり、咲き乱れる花を愛でたりしてリラックスするのである。


どどーん。


が、オフシーズン…うす曇りで寒いし、枯れ木がさらに心も寒くさせてくれる。


街のガイドをかって出てくれたおやじさんの一家。娘さんは家でお茶を淹れてくれたのだが、ガイドブックに異様に興味を示して熟読し始めた。どうやらカラー写真の奇麗な本などなかなかお目にかからないようで、珍しそうにパキスタン各地の写真を眺めていた。


フンザの辺りは人がよくて居心地はいいっすねー。この後、一旦イスラマバードに戻りやす。めんどくせぇ。

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安宿情報
コショーサン ゲストハウス