2010/10/10

【ナミビア】スワコップムント



ワルヴィス・ベイから隣町のスワコップムントに来ました。
ナミビア第二の都市といわれており、建物が新しくてとてもきれいです。

エチオピアに入って以来、当然ですが道を聞いたり店やホテルの対応は、黒人がほとんです。
ゴツくて悪党であるという黒人のイメージが先行していましたが、杞憂に終わりそうです。
大体の人は、小柄で痩せていて、意外とシャイで笑い方なんかもキュートだし、道を聞けばしっかりと教えてくれます。
この辺の対応が旧共産圏の国の方が悪し、欧米人の方が横柄だと感じます。
ただ、男性の場合ほとんどの人が坊主頭なので、人を見分けるのには苦労します。

お次は、ナミビア唯一の世界遺産を訪れる予定です。
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ラグーン沿いの道。それにしても、小奇麗だよな。アフリカじゃないみたいた。


ワルヴィス・ベイにはフラミンゴが生息している。なんか皆さん、興味がないようだ。


ムーンランドスケープ。月面世界って、本当にこんなんなの?


荒野の大地にカローラ。似合ってないなー。


こいつが、ヴェルヴィッチアか!何千年も砂漠で生きられるんだそうだ。こういうのって、一応見ておきたくないっすか?

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特別読切企画 ナミビア道中膝栗毛

【四章 民主主義】

三日目。
ナミビアに来て、結構驚いたのは街がきれいなことだ。
民家も西洋風でしっかりしているし、スーパーや銀行もきれいなのだ。
ワルヴィス・ベイという街も、いかにもヨーロッパの港町といった風情だ。
朝、ダラダラと起きて、いざ出発というときに、このドイツ人女子が銀行に行きたいと言ってくる。
あれ程ヴィントホックでキャッシュを用意しておけといったのにも関わらず、ようやくクレジットカードが万能ではないことに気付き、今頃両替したいといっている始末。
こちらとしては、迷惑をかけまいと、ほぼ時間通りに用意を終わらせたし、準備も万全だ。
こいつら、ヨーロッパ以外の旅行、初めてじゃねーのか?

ワルヴィス・ベイでは、ラグーンにフラミンゴが飛来してきていると聞きやってきたのだが、一堂あまり興味がないようだ。
独りでウロウロしていたが、結構の数のフラミンゴが近くで見れたし、写真も取れたので、まあまあ満足だ。
その足で、お隣の街でナミビア第二の街、スワコップムンドに向かった。

予定では、ここで宿を決めて、ヴェルヴィッチア(2000年も砂漠で生きているという植物)とムーンランドスケープを見に行く予定だ。
目星をつけていた宿にいくと、値段の事でで彼女達が騒ぎ出したのだ。
「ここキャンプサイトなのに高くない?そもそも、なんでここに泊まるの?」
日本人一同、目が点に…
「この後、ヴェルヴィッチアとムーンランドスケープを見に行く予定だ」
「なにそれ?植物?あんた植物が見たいの?それより、こんなところに泊まらないで、先に行きたいのよ」

おいおい、いきなりプラン変更かよ。

スワコップムントはそこそこでかい街だし、辺鄙なところよりも宿が高いのは致し方ない。
それに、次ってどこに泊まんのよ?
「じゃあ、民主的に行きましょう。植物見たい人は誰?」
多数決攻撃に出やがった。
「このクソア…」
寸のところで止めておいた。
まだ20歳の若造だし、これから先も長いので、紳士系パッカーの私としては、無駄な衝突は避けたかったのだ。

そこに行きたいと思っていたのは私だけのようだったが、R君もEさんも一応味方してくれて、ゴリ押しでここに泊まる事にした。
「じゃあ、私達は行かないで、ここの街でインターネットしたりリラックスしたりするわ。あなた達だけで行ってらっしゃい。」
機嫌を損ねた彼女達は、早くも別行動を提案。
つーか、最初に決めたプランはなんだったわけ?
こちらは英語が堪能でないし、日本人の典型的な習性として、自分の思いをハッキリと物事を伝えない。
とはいえ、ここまで自分勝手な外国人は初めてっすわ。

一人でヴェルヴィッチアとムーンランドスケープに行こうと思ったが、あまり興味を持っていなかったR君Eさんも、一応付いてきてくれた。

そんなに遠くもなかったし、明るいうちに宿にもどれたが、ドイツ人2人の姿がない。
どこいったんじゃろ?明日の出発時間も決めてないし…と、22時ころまで帰りを待ってみたが、どこかで飲んだくれてるんじゃねーの、ということで、先に就寝。

結局、1時半ころに帰ってきやがった。
後部座席で寝てるだけだし、元気がありあまっているんだろーよ。

それにしても、スワコップムント、ずっと曇り空で寒いっすわ。
これが彼女達との軋轢のプロローグになるとは露知らず、テントの中で寒さに耐えながら寝たのだった。

2010/10/08

【ナミビア】ワルヴィス・ベイ



セスリムで一泊して、サンライズを拝むべく、早起きをしました。
キャンプサイトからいざ出発ところで、車が砂に埋まってしまい、スタックしてしまいました。
というのも、このキャンプサイトは出口がわかり辛く、おまけに所々砂地が深いところがあるので、2WDのカローラではスタックの恐怖が付きまといます。
実は、昨日もキャンプサイトでスタックをやらかして、たまたまいたバキュームカーに引っ張ってもらって、ようやく脱出した始末。
今回も、キャンプサイトの4WDで助けてもらいました。
そのころには、すっかり日も昇ってしまい、じわじわと気温も上がってきていました。

私的にはナミビアのハイライトは砂漠で終了です。
ムーンランドスケープ、ヴィルヴィッチアを見るべく、山道、ダート道を失踪して、その日のうちにワルヴィス・ベイという街に着くことができました。
この日は私が運転しましたが、日本を出て以来だったので、予想以上に疲れました。

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次の日は、Dune45のさらに奥にある、ソススフレイを目指した。


こいつはデッドフレイ。うへー、木がカラカラになってるじゃん。不毛の大地っすね。


なんか、死後の世界って感じだ。


アリの群れ。白いケツが気色悪い。


フンコロガシかな?


高温乾燥の中、せっせと砂山に登った、ソススフレイ。砂に足が捕られて、なかなか進まないんである。


ナミブ砂漠、乾燥のせいでお肌が白くなるまで堪能しやした。欧米からの観光客は多いが、さすがに日本人の団体は見なかったな。

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特別読切企画 ナミビア道中膝栗毛

【3章 沈黙】

二日目、ナミブ砂漠の最奥にあるソススフレイを観光して、次の目的地、ワルヴィス・ベイを目指した。

砂丘に座りながら、ソフィーと少し話してみた。
「ケープタウンでカメラをなくしちゃったの。悲しいわ。この後は、タイとバリ島を回って、オーストラリアでワーホリするのよ。」
20歳にして、外国で暮らすとは、なかなか逞しいじゃないの。
まぁ、英語も堪能だし、ヨーロッパの人にすれば、英語圏で暮らすのなんて、我々が思っているほど難しいものじゃないのかもしれないが。
とにかく、将来へのウキウキとした希望のオーラが溢れ出ていて、羨ましい限りじゃ。

余談だが、私にとってワーホリなんてものは、ただのお遊びに近いもんだと思っている。
外国生活にあこがれたミーハーな日本人が、結局日本料理屋だかどっかでバイトして、英語がそこそこ喋れるようになって帰国するが、その程度の英語力で雇ってもらえるウハウハな就職なんぞ、ありやしないのである。
かくいう私も、帰国したら仕事があるかどうかもわからないが。
こんな穿った解釈しかできないのは、私のキャリアと無縁だったからもしれないけどね。

そんなことより、今日の運転担当は私だ。
たった300kmの距離だったが、600kmくらいあったんじゃないかと思うくらい、ひどいダート道と起伏に富んだ山道で、ワルヴィス・ベイに着いたときはヘトヘトだったぜ。
後部座席の3女子は爆睡状態。
というのも、車内での日独の会話はほとんどなし。
Eさんは英語ができないし、運転席と助手席は私とR君で迷わないように地図と道路標識と睨めっこしてしているし、ほとんど弾んだ会話がないのである。
辺鄙な山奥でラジオの電波も届かないし、車内はほぼ沈黙状態。
つまんねー。

まあいいや、とりあえず、ゼロ・スリップで切り抜けた私に拍手を送りたい気分だ。

【ナミビア】セスリム



早起きして、ヴィントフックを出発しました。
途中レンタルショップによって、テントやらガスバーナーやらを借りて、ナミブ砂漠の街、セスリムを目指します。
2時間も走っていると舗装道路が終わり、石と砂のダート道になります。

セスリムではナミブ砂漠を見ることができます。
そんじょそこらの砂漠とは異なり、砂は赤茶色のサラサラで、鳥取砂丘のように砂山が幾つも連なっています。

この旅初のキャンプサイトで宿泊になりました。
シャワーやトイレ、レストラン等の設備はよいのですが、やはりテントを立てたり、バーナーでパスタを作ったり、結構面倒に感じます。

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ヴィントフックからセスリムまで、ダート道をスリップすること2回、やっとついたぜ。カローラじゃ結構辛いっすよ。おお、有名なナミブ砂漠が見えてきた。砂が赤っぽいのが特徴だ。


Dune45という、スポットで砂山を歩いて登頂を目指す。サラサラの砂だから、3歩分でも2歩分しか進まない。皆、汗だくになって登っていた。


うおー、サンセットに間に合った!ってのは、嘘で、途中で登るの諦めますた。一面オレンジっす。


もうすぐ沈みます。


出た!このバカポリス。無灯火で罰金とられた…ツイてないなぁ。セコいことしやがって。

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特別読切企画 ナミビア道中膝栗毛

【二章 ジャッキー・チェン】

一日目。
一同、早起きして前日から借りていたカローラに荷物を詰め、セスリムというナミブ砂漠の入り口の街を目指した。
運転手はR君、助手席で私がナビ、女子3人が後部座席に座った。

途中、テントとかガスバーナーなどのキャンプ用品を借りるためにレンタル用品店に寄った。
こちらが英語で借りたいものや料金なんかを聞こうとしていると、横からソフィーがドイツ語でおばちゃんに話しかけた。
なんと、ナミビアは昔ドイツの植民地だっただけに、結構ドイツ語が通じたり、ドイツからの移住者や経営者らしき人が多くて、いわば、ドイツ人のホームグラウンド的な国だったのだ。
もういきなり、俺たちの出番がなくなっちまって、苦笑するしかないぜ。はは。

気を取り直して、ガンガン飛ばすR君、順調にヴィントフックを抜け、未舗装の道に入った。
宿で、ナミビアを同じくレンタカーで回った日本人夫婦達に色々と情報収集をしていて、この辺りは少しスピードを出しすぎると、途端にスリップを起こすいわく付きの道なのだ。
「スリップ、やばいよねー。この道、結構砂っぽいから、ブレーキかけたら滑りそうじゃん」なんて話している矢先の出来事だった。

四駆の対向車とすれ違った瞬間、砂煙に巻かれ、前方の視界が白い世界に変わった。
動揺したR君が路肩に乗り上げるのを避けるために道路の中央に寄ろうと、少しハンドルを切ると、そのまま車はグルグルと回ってスピンしてしまった。
「うはははーー!」
ドイツ人は大爆笑。こちらは、やっべー、といった顔をしながら見合わせた。
砂の少ない轍の上を走っていたのだが、轍から外れると砂が盛り上がっているので、タイヤが簡単に砂に取られてしまうのだ。
こりゃ、まいったぜ。
つーか、ナミビア、なんでか知らんが結構発展しているくせに、公共の交通機関もロクにないし、道も一部しか舗装されていないし、一体どういうことだよ。

この後、懲りずにもう一回スピンをやらかしながらも、予定通りにセスリムに着いた。
キャンプサイトってところは初めて泊まったんだが、シャワーとかトイレなんかの設備はよく整備されていて、安く上げるにはいいところだ。
とはいえ、如何せん面倒臭がりやで、時間は金で買うタイプの私には、テントを設営したり、ガスバーナーで調理したり、とにかくうざったくてしょうがない。
まぁ、しゃーないわな。
一方のR君はこの手のアクティビティは得意で、テントの位置決めから、テキパキとやってくれるのである。
おまけに、元レンタカー会社の社員だったということもあり、車のメンテからチェックまでできてしまうのだ。
いやー、助かりマッスル。

セスリムの国立公園というのはとてもいやらしいぞ。
「国立」の公園なのにだ。
ナミブ砂漠の砂丘に登ってのサンセットは見られないようにできている。
いや、見られるのだが、それなりの覚悟が必要なのだ。
というのも、この公園の閉園時間が日没周辺の時間に設定されていて、時間を過ぎると一人3500円程の罰金を払わなければならないのだ。
しかしながら、よく絵葉書で使われている夕日スポットのDune45からゲートまでの距離をを考えると、日没後にそこを出発した場合閉園時間に間に合わない。
罰金を払いたくないから、皆ギリギリまで夕日と赤く染まるナミブ砂漠を見て、なぜか制限速度60kmの舗装道路を急いで車を飛ばして帰る。
そうすると、小遣い欲しさに張っているネズミ捕りの警察に、スピード違反で罰金を取られるという仕組みなのだ。
この「ナミブ砂漠のサンセット」を囮にした、この制度が旅行者を悩ませているわけだ。

我々もこの辺りの情報収集は事前にしており、Dune45から公園のゲートまでにかかる時間を計算していたのだが、予想外の罰則で罰金を取られる羽目になった。
予定通りDune45を出て、順調にゲートに向かっていた。
あと一息というところの上り坂を登りきった時、下り坂のその先に青いランプの付いた車が見えたのだ。
うぉ、出やがった、ナミビアンポリス!
へへ、俺たちゃ何も違反なんかしてまへんでー、と意気揚々と通過してやろうとしたとき、一人の警察が我々の車の前に立ちはだかる。
おいおい、なんでじゃ?とR君と顔を見合わせると、警察が窓に近づいてきた。

「お前達、ライトがついていないじゃないか。」
「ハ?ナニイッテルデアリマスカ。」
「ほら、もう日没だから、ライトつけないとね。」
「キタネー!このバカポリス!!」

まだ、日没前だし、スモールランプは点けていた、とR君の必死の抗議も空しく、警察の車へ連行された。
しかも無灯火はスピード超過より罰金の金額が高いときている。
私も抗議してやろうと車を降りたら、もう一人の警官が私を見てカンフーのモノマネをしてくる。
「アチョー、アチョー!」
日本人だって言ってんのに、アフリカ人の頭の中は、香港映画かジャッキー・チェンが東洋の全てと思っているのだ。
どんだけ世界の情報に疎いんじゃ?
しまいには降りてきたドイツ人女子も面白がって、そいつと遊び始め、一緒に写真まで撮る始末。
お前ら、今何が起こっているのかわかってんのか?あ?
とりあえず無事故でキャンプサイトまで戻り、晩飯作って就寝。
R君、波乱万丈の一日目、お疲れっす。

2010/10/07

【ナミビア】ヴィントフック



ナミビアの見所を回るには、レンタカーを借りてキャンプサイトで泊まるのが安上がりと聞き、宿で同行者を募集していました。
こちらは日本人3人なので、あと1,2人集まれば、人数割りが最安になります。

ヴィントフックで待つこと3日、ドイツ人2人が宿に現れプランを説明すると、意気投合し即決で同行することになりました。
ドイツ人は20歳の若手女子です。

急いでレンタカーの手配と情報収集、買出し、レンタル用品のチョイスと忙しくなりました。
プランは8泊9日でナミビアを一周しながら、ナミブ砂漠に行き、世界遺産を見て、サファリ楽しむなど、盛りだくさんになってしまいました。
ドライバーは2人で予定走行距離3000kmと宗谷岬から桜島まで往復するぐらいの距離を走破しなければなりません。

計画と準備だけで、すでにお腹いっぱいな感じですが、まぁ、とりあえず、行ってきます。

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久しぶりに見たぜ、KFC。エジプト以来じゃないかな。ザンビアでは節約のために自炊パスタばっか食ってたから、もう、速攻行っちゃったぜ。世界中どこでも同じクオリティを提供するって大事なことだよなー。うめっす。


街はきれいだし、スーパーの商品も充実している。ナミビア舐めてたなー。その分、物価も高くなってきてるけど。


商店街は小さいけど、小奇麗だ。アフリカ南下していくと、段々と発展していくな。


公園にいた、ナミビアの少年。なぜか反応が薄いっす。それにしてもきれいな公園だった。バングラデシュ・ダッカのゴミだらけの公園とは雲泥の差だわい。


アフリカとは思えぬ教会。ナミビアは昔、ドイツの植民地だったそうな。安宿のクオリティも高い。キッチンや部屋の調度品はヨーロッパのそれと比べて遜色ないんである。何かいいことでもあったのか?ナミビア。

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特別読切企画 ナミビア道中膝栗毛

【一章 ビバリーヒルズ高校白書】

今日は誰かきてるかしらん、と期待に胸を膨らませながら、朝食を取るべく同行者の日本人のテーブルに着くや否や、
「おー、やっと起きたか、一緒に行く人、見つかったぜい。そこに座っているドイツ人女性2人」
と、目の覚めるような朗報。
5人で行けば、ちょっと車内が狭いが、人数割りがMAXなんで、結構お安くいけるのだ。
どーも、どもーと挨拶もそこそこにして、朝食の後、早速プランを練った。
私としては、ナミブ砂漠とその周辺の見所を回れればいいのだが、彼女たちはエトシャ国立公園でサファリもしたいとのこと。
既にケニアでサファリしてるし、私としてはあまり惹かれなかったが、結局全員の行きたい所、つゆだくテンコ盛りのプランが出来上がったしまった。


同行するドイツ人の1人、ソフィーは、いわばクラスでもアイドル的存在だったであろう、容姿そこそこ端麗、元気溌剌な感じだ。
もうもう一方はでかい図体してるくせに、我々とほとんど話さない、ハリーポッターのロン似た女子、リサだ。
日本人の方は、エチオピアから同行していた、大宰府出身トンコツラーメンをこよなく愛する、ワーホリ経験があり英語も任せられるR君と、喋れる言語は京都弁一本のみでアフリカを縦断してしまおうという、私にはとても真似できない度胸をもったEさんだ。

日本人旅行者の一般的なドイツ人への印象はすこぶるよい。
そこそこ落ち着いているし、礼儀正しい、ひょっとしたら、お互い敗戦国ってのもあって、近しい感情があるのかもしれないなー。

まずはレンタカー会社に行って車を手配することにした。
日本人チームとドイツ人チームで一人ずつ運転手を出すことにしていたんだが、23歳以下は国際免許証を持っていてもナミビアでは運転できないという。ということは俺とR君だけで3000kmを走破する必要があるってことかよ…。
安さに魅かれて、4WDではなくカローラで回ることに。
途中、ダート道でスピンしたりスタックしたりすることもあると、いや~な情報も聞いているし、何も事故が起こらなけりゃいいが。

この女子二人、とにかく仲がよくて、着ている服も一部はおそろいだったりするし、どこにいくにもいつも一緒だ。
中高生じゃないんだからさぁ、もうちょっと単独行動があってもいいんじゃね?
ちょっとキモい。
これまで何回も西洋人と旅をしたが、この女子たちは若すぎるんじゃないか?
見た目はティーンエイジャー、まるでビバリーヒルズ高校白書だ。
大体、自己紹介をしながら仲良くなっていって、晩飯でも一緒に作るかー、的なノリにもなるんだが、私達は私達的な雰囲気が立ち込めていて、なんかコミュニケーション足りてなくないかな。
まぁ、9泊もあるんだから、そのうち打ちとけらるであろう。
とはいえ、ロングランだし、あー、なんか、先が思いやられるなー。
とりあえず、朝早いので早う寝よ。

2010/10/02

【ザンビア】リビングストン





ブラックアフリカといえば、内戦とか飢餓とか危険とか、よくない、かつ、局地的なイメージが先行していましたが、これまで訪れた国については、その辺のアジアの貧乏国家よりもよく整備されていて、モノも結構豊富だったりします。
ザンビアもその一つで、バス移動はジュースとスナックのサービスまであり、快適至極でした。

ビクトリアの滝は乾期のため、水量が少なくザンビア側では白糸程度しか見られません。
ジンバブエ側は豪快なのが見られますが、入国にビザ代がかかり、さらにザンビアに戻るのにもビザ代がかかるので、高くついてしまうため、ジンバブエ側の滝見学は諦めました。

そんなことは、どーでもよいのです。
初、バンジージャンプを決行しました。
111mの高さは、数年前までは世界一だったようで、ワイルド系パッカーの私もさすがにビビりました。
とはいえ、ジャンプ後は充足感と疲労感でいっぱいで、興奮していました。
ビクトリアの滝に来た際には、是非バンジージャンプをどうぞ。
バンジー以外のアクティビティが2つできるので、価格もお得感があります。

お次は、ナミビアです。

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リビングストンの街自体は、穏やかな雰囲気。スーパーもあるし、結構過ごしやすい。5,6km歩くとゾウを見ることもあるらしい。


道路は日本が作ったと、ザンビア人が言っていた。駐在している青年海外協力隊員に偶然宿で会って話を聞いてみたが、ザンビアには80人近くも隊員がいるとのこと。そういえば、アフリカでは旅行者以外にも、NGO関係者・孤児院やHIV教育のボランティアスタッフ・修士課程の研究者にもよく会うな。


世界三大瀑布の一つビクトリアの滝へ!残り二つは北米のナイアガラと南米のイグアスだよ。


噂では聞いていたが、乾期の滝がこんなにしょぼいとは…日光の華厳の滝の方がよっぽど迫力あるんじゃね?国立公園の入場料がもったいねーよ。


是非、やってみたかったバンジージャンプ。スライド・スウィング・バンジーの3点セットで145ドル!相場は1$/mです。こりゃ、お得じゃん!早速同行した日本人と申し込むことに。腕にマジックで体重かかれますので、あしからず。


スライドは、こっちの崖から橋に渡っているワイヤーを伝って滑走するだけ。イージーだけど、111mという高さを体感できる。


この台から飛び降りやす。スウィングもこの台からターザンの要領で飛び降りる。ちなみに、鼻血を出したジャンパーはいたようだが、これまで事故は0だとのこと。


「Count down for you! 3, 2, 1 Bungy!!!」余計なことは考えずに飛びました。前にジャンプ出来ていないところは、カッコ悪いが、この期に及んで美しく跳ぼうなんて考えられまへん。


数秒の自由落下の後、最下点では体中の血が頭に登りますた。とにかく、ちびってなくてよかった。


乾期は水量が少ないので、滝の崖っぷちを歩けると聞き、日を改めて国立公園へ。こちらは滝の発見者、リビングストンさん。


公園内はバブーンが大量にウロウロしている。西洋のご婦人がバックをひったくられていた。石を投げたり、棒で散らせば逃げていくので、追っ払いながら行きませう。


崖の上は清流のように穏やかだ。乾燥した藻が石にくっついていて、踏んだ時のモサモサとした感触が気持ちいい。


こちら側のザンビア側は所々で水が落ちているが、あちら側のジンバブエ側は豪快に流れているようだ。水しぶきが崖の上まで上がっているのが見える。


滝の放流を間近で見れるぞ。


滝壺には虹が見える。


崖っぷちの水の溜り場で、泳ぐこともできる。覗き込むと、なかなかの高さに胴が震えるぜ。豪快な滝は見られなかったが、そこそこ楽しめたのでビクトリアの滝はそろそろおさらばするかな。

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※安宿情報
Jolly Boy's Backpackers
34 Kanyanta Road, Livingstone

2010/09/28

【ザンビア】ルサカ



ダル・エス・サラームからザンビアのカピリ・ムポシという中途半端な街まで、約1800km、2泊3日の長い列車の旅が始まりました。
列車はコンパートメントになっていて、2等車は6人ベッドという、中国やインドで見かけるタイプです。
確かによく見ると列車は所々漢字の表記があり中国の中古車でした。
意外にも乗客は少なく、食堂車がついていて、そこそこ快適そうです。

途中、国立公園を通るということで、運がよければ動物が見られるとのことです。
食堂車でボサっと外を眺めていると、乗務員が、「キリンが見えるぜ」と窓の外を指します。
おおー、本当にキリンがいるじゃありませんか。
その後も、目を凝らして流れいくサバンナの景色を見ていたのですが、乗務員のアドイバスなしにはなかなか動物は発見できません。
結局、ケニアのサファリで見られなかった、ゾウをちらっと見ることができたほか、シカ系の動物を見ることができました。

初日の動物見学を終えてからというもの、単調な景色に飽きて、ほとんど寝てすごしていました。

列車は遅れに遅れて、定刻より6時間押し、20時ころにカピリ・ムポシに到着しました。
ここから、首都のルサカに移動するのですが、またまた面倒なことになりました。
駅で待ち構えていたバスに乗り込んだのですが、なかなか出発せず、乗客のアメリカ人が声を荒げる始末です。
確かに、列車の乗客は既に降りきっているので、これ以上バスに乗り込む人はいません。
どうにかドライバーを説得して、ようやく22時ころにルサカへ向けて出発、到着は午前2時になってしまいました。
深夜に街中を歩くのは危険ということで、しかたがなくバスターミナルで夜を明かすことにしました。
しゃーないなと思い、アメリカ人とタバコでも吸おうとすると、「おい、ここは禁煙だ!」といきなりヌーの様な顔の婦人警官がどやしてきます。
はぁ?と思って見上げると、バスターミナルの交番の真ん前でした。
そのまま、交番に連行され、「罰金を払うか、この拘置室に入るかのどちらかだ」といいます。
普通なら、厳重な注意とか説得とかがあるはずですが、ヌーの婦人警官は頑として聞きません。
拒否し続けていると、どこからかおばちゃんが入ってきて、何かを泣きながら訴え始めました。
もう、こちらの相手をしてられん、といった感じで、近くにいたおっさん警官のお叱りだけで、開放されました。
うーむ、初っ端からザンビアの印象は最悪です。

翌日、ルサカの街を歩いてみましたが、これまで訪れたアフリカの首都の中では小さくて地味です。
とはいえ、人はなかなかいい奴がいて、「おー、日本人か。JICA(国際協力機構)には世話になった。街をきれいにしてもらったぜ。」とか、「日本のテクノロジーはずげーよ!」などお褒めの言葉を頂戴し、多少ザンビアへの悪印象が回復しました。

お次はビクトリアの滝に向かいます。
今は乾期ということで、肝心の水量の方が気になります。

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すっげー人が並んでるダル・エス・サラーム駅。ちゃんと整列しているのは、中国やインドと違うところだな。


車は乗れないっすよ。


「世界の車窓から」タンザン鉄道編、をお送りします。


はて、動物はいるかしら?牛は見飽きてるんだよなぁ。


列車に手を振る子供たち。


サバンナの低木や草原から、広葉樹林っぽい景色に変わってきた。


食堂車。結構お安く食事ができるし、混んでないし、快適だった。


沈み行く夕日。動物は残念ながら写真に収められず。ゾウが見られたのは収穫だったな。


ようやく辿り着いた、ザンビアの首都ルサカ。予想はしてたが、とほほな感じだ。


ザンビアに入ってからというもの、ヅラを付けた女性が増えたなー。あからさま過ぎて、それどうよ?と思ってしまうな。


生意気にも、バスターミナルでは禁煙…背伸びしやがって。


生意気にも、スーパーの商品が超充実してる…南アフリカの資本が入ってきているそうだ。


「Tokyo」と書いておきながら、そのハングルは何だ?


楽しさが伝わりにくい、パクリ系のペイント。ルサカは1日でおさらばっす。