ポートモレスビーとおさらばして、マダンという街にきました。
街は小さくのどかな感じです。
マダンのメインは近海の島に行ってのシュノーケリングと近郊の村訪問です。
シュノーケルの道具をリゾートホテルでレンタルしていたのですが、返却するときに偶然パプアニューギニアの観光促進の手伝いをしている青年海外協力隊の方と、現地のツアー会社の方に会いました。
パプアニューギニアはバジェット旅行者がほとんどおらず、情報も少ないのでちょうどよいタイミングです。
近郊の自然公園や村のことを尋ねると、懇意にしているローカルガイドを紹介できるということで、お願いすることにしました。
パプアニューギニアの土地の概念というのは、「そこに住んでいるの人のもの」という傾向が高く、実際に国有地がほとんどない状態らしいです。
ツーリストが単独で村を訪れるということに慣れていないらしく、また、道中強盗の類もでるのでセキュリティも兼ねてガイドを付けるのが一般的とのことです。
観光資源はそれなりにあるし、パプアニューギニア人もウェルカム的な雰囲気はあるのですが、コストパフォーマンスが悪い(つまり物価が高い)のと情報が少ないのは、私のような個人旅行者には結構辛いものがあります。
マダンは満足できたのですが、完全に予算オーバーです。
お次はこの旅最後の訪問地、ゴロカです。
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マダンの街はポートモレスビーと違って、至ってのどか。これはコーストウォッチャーズの灯台。治安もだいぶマシなので昼間なら普通に歩き回れるぞ。
最後のビーチリゾートっす。ボートに乗って、まずはクランケット島という近くの島を目指す。
水の透明度は結構高いっすよ。ケアンズと比べると蒸し暑い。
15分程で、はい上陸ー。だいぶのどかな感じっす。ラオスのメコン川のデッド島に似てるかも。あっちは泥川だけどね。
ワーーッ!
島の教会。パプアニューギニアは意外にもキリスト教っすよ。ドイツ植民地時代に広まったそうな。どこかシュノーケリングができそうなところがないかと、島民のおばちゃんに聞いてみると、その辺にいた子供に「この旅行者をビーチに連れて行ってやって」と指示。
この寡黙なチビッコにのこのこ付いていく。
ビーチに着いた。誰もいねー。それにしてもこのチビッコはとてもよくできた子だ。シュノーケリングをしている間、荷物を見ていてくれた。
いやー、なかなかキレイじゃないっすか。死んでしまったリーフもちらほら見られたが、魚もいっぱいいるし、透明度も高い。
でも、リーフって見慣れないとグロテスクっすよね。あのチビッコはシュノーケリングの後、船着場まで案内してくれたのでチップを弾んでやったですわい。
お次はシアー島。ここのビーチも小さいけどホワイトサンドでキレイっすよ。もうちょっと物価が安くて情報があれば、もっとバックパッカーも訪れるようになって、有数の沈没地となれる素質は充分あるんだが。
この島はサイモン一家しか住んでいない。こちらが家長のサイモンさん。この方も親日家で「津波は大丈夫か?俺たちは心配していたぞ。みんな募金もしたしな。日本には世話になっているからな。」とのこと。
ここでも少しシュノーケリングしてみた。JICAの活動やODAによる空港や橋梁の建設は一般のパプアニューギニア人にも浸透していて、バングラデシュ並に皆感謝してくれているのである。
次の日は、マダン近郊の自然公園と村を訪ねることに。運良く出会った、青年海外協力隊にローカルのガイドを紹介してもらうことができた。ここはバレク自然公園。奥に見えているのは一枚岩の山に茂ったジャングル。
”公園”っていうほどの大きさはないんがだ、この岩から滲み出ている小川がきれいなんである。かなり硫黄臭いっす。沈殿した硫黄成分で川が青く見える。
ターザンをしているのはガイドさん。ここは映画「ロビンソン・クルーソー」(ピアーズ・ブロスナン主演)のロケ地になったらしい。
臭うほど硫黄成分が強いのにすっぽんがいる。バレク渓谷の見所はこんなもんかな。
ここにも村落があって、おばちゃんやら子どもが歓迎してくれた。
バスの乗換え地点になっているマーケット。この猥雑で汚い感じの雰囲気がアフリカっぽいのだ。
バモ村に到着。こいつはカカオの実。山に囲まれた自然いっぱいの村。カカオやタロイモなんかを栽培していて、自分たちで食ったりマーケットで売ったりするとのこと。
一先ずランチを頂いた。右奥から、サツマイモ、タロイモ、ヤムイモ×2と、ガッツリ芋づくし。ココナッツオイルで煮てあって、結構食べやすかったっす。
男子に見えるけど女子だよー。この辺りは、だいたい1つの村に1つの大家族が住んでいて、ほぼ自給自足らしい。土壌が肥沃で雨も降るので、種を撒いてほっておけば勝手に実が成ってしまうのだ。
意外にも庭や農地はキレイに整備してあって、まったくもって居心地がよいのである。色んな植物が植わっていて、薬になる葉っぱや家の屋根に使う用のヤシの木、トロピカルな花もいっぱいでランなんかもある。一応、ゲスト用のロッジもあるらしいので、のんびり泊まってみるのもいいかも。
パプアニューギニアは太平洋戦争で日本軍の戦場となったところ。こいつは残された砲弾と銃弾。
兵士が隠れた洞穴などなど、この村だけではなく、島全体にその残骸を見ることが出来る。
こんな感じでマダン終わり。なかなかいいところだったわー。お次は山岳の街、ゴロカからっす。うおー、これで最後の街になるのか…
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宿
Lutheran Guest House
Coralita St. Madang
いつか自分もこのような旅ができたらいいなあと羨ましく思います。
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