2010/05/07

【フィンランド】ヘルシンキ



失意の中、タリンを後にしヘルシンキへフェリーで移動することにしました。

ビールと洒落込みながら、ターミナルでフェリーを待っていると、隣のテーブルに座っていた老夫婦に話しかけられました。
どうも様子がおかしく、身振り手振りで何かを言ってきます。
一瞬戸惑いましたが、どうやら聾唖の夫婦で、独りでいる東洋人が気になったようです。
世界一周をしようとしている、というようなのことを伝えると、お前すげーじゃん、と励ましてくれました。
この老夫婦は声がうまく言葉にならず、耳もほとんど聴けないばかりか、奥さんのほうは足腰も悪く補助車を使っていましたが、ヨーロッパを旅行しているとのことです。
チケットや飲み物を買うときなどは、筆談で交渉しており、よほど彼らのほうがチャレンジャーだと思いました。
結局、一緒に船旅を供にすることになり、タバコやらコーヒーやらをご馳走になってしまいました。

ヘルシンキのホステルで、ワルシャワで逢った日本人のちゃりんこ旅行者に偶然再会しました。
ヘルシンキからスカンジナビア北端のノールカップまで野宿しながら、自転車で行くとのことです。
ヨーロッパの移動は快適で結構早くていいですが、時間があればのんびり自然を愉しみながらちゃりんこで回る方がよさそうです。

お次は、盗まれたパソコンをクリスマスプレゼントに欲しい、とお願いしにサンタさんに会いに行ってきます。

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失意の中、フェリーでヘルシンキへ。


フェリーの中ではノリノリの生バンドを聞きながら、酒を喰らっている。はぁ、とてもそんな気分にはなれんよ。


遂に北欧に上陸!写真は特に意味ないっす。


フィンランドといえばムーミンですな。


そして、NOKIAだ。この旅をしていて、アジアを含め、このNOKIA携帯の着信音と電源ON音を聞かなかった国はなかったんじゃないか、と思うくらい広まっている。すげーな。でも、日本メーカの携帯のほうがはるかに使い易いし、ハイテクだと思う。


ポーランドで逢った彼と、偶然再会。ランチは海際でビールとウインナーを頂いた。うめ~。


一応行ってみた世界遺産のスオメンリンナ要塞。サンポにはちょうどいい広さかな。


船かな…


街中にあるヘルシンキ大聖堂。でっかいっす。


その前でコーラの試飲缶を配っていた姉さんたち。フィンランド人ってやっぱ人ができているんだよな。ガイドブックを睨みながら歩いていると、「迷っているの?」と男女問わず若者が助け舟を出そうとしてくれる。いつもはこっちから話しかけて驚かすことはままあるが、今回ばかりはこちらが驚いたよ。


そろそろ限界に達してきたスニーカー。日本を発って8ヶ月、良くかんばってくれたが、中が崩壊しかけていて、靴下が破れてしまうのだ。そろそろ買い換え時かな。ニオイまでお伝えできなくて残念です。

2010/05/06

Emergency!

My PC was stolen in Estnia, so I can`t write blog now.

2010/05/05

【エストニア】タリン





サンクトペテルブルクからは、ヘルシンキ行きのバスが出ているのですが、バルト3国といわれているのに2国しか行かないのも何かなぁと思い、エストニアのタリンに行くことにしました。

忘れもしない、おぞましいその事件は夜半に起こりました。
同宿の日本人男性と意気投合し、食堂で夕食をとり、宿でビールを飲むことにしました。
ここの宿はWiFiでインターネットが無料でできるので、パソコンを広げながらお互いの旅の話なんかで盛り上がりつつ酒を空けていました。
酒も尽きたころ、散歩がてら明日の朝飯でも買いに行こうと、パソコンとガイドブックを団らん室に置いて行ったのが間違いでした。
この宿はそんなに大きくなく、宿泊客も10人程度で団らん室にも誰もいなかったので、まあ大丈夫だろうと判断したのです。
20分程経って、団らん室に戻ってくると、ガイドブックだけ残されてパソコンがなくなっていたのです。
最初は、受付の人が気を利かせて預かっているのかと思い、尋ねたのですが知らないといいます。
ここからが大変で、パソコンがなくなったというと、宿泊客の部屋に行ってすべての荷物と部屋を引っぺがすという、大捜索が始まりました。
まあ、見つかるわけねーよ、と思いつつも1時間ほど宿を探しましたが、盗んだほうもこうなることはわかっているので、見つからないように後処理はされているわけです。
アジアでこういったことは一度もなかったので、ヨーロッパで盗まれるとはちょっと意外というか、驚きました。
ちなみに宿泊客の国籍はイギリス、アメリカ、エストニアです。
被害は主に写真で、1000枚程はアップロードしており、東南アジアまでの写真はコピーして持って帰ってもらっていたので全滅は免れました。

うーん、今の時代パソコンなしの生活は考えられないが、どうしたものかと考え中です。

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タリンも旧市街地が世界遺産になっている。リーガ、ビリニュスとも似た感じだなぁ。


甲乙つけるとしたら、タリンが一番いいかも。瀟洒でカラフルな建物が多いし、発展度合いは他の2国より少しリードしている。


旧市街地の広場では簡単なマーケットなんかもやっている。


レストランの呼び込みの姉さんも、コスプレして頑張っていた。ついでながら、私も一緒に写真を撮ってもらった。


聖オレフ教会。あの尖塔の上に登れるとのこと。


こいつがまた、大変だった。永遠に続くのかと思われる程、長くて狭い螺旋階段をひーこら登り、この最後の階段を駆け上がると…


旧市街地が一望できるのだ。やっぱり天気がいいと、眺めがいいな。


あの港からヘルシンキ行きのフェリーが出ている。それにしても、私のPCはいずこへ。。。


宿の前に置いてあった、キモいペイントの車。お前が取ったのか?あ?

2010/05/03

【ロシア】サンクトペテルブルク





実は、結構物価が高いモスクワは2日間の観光で後にして、夜行列車でサンクトペテルブルクに行くことにしました。

エルミタージュ美術館に入ろうと、中庭をウロウロしていると、
「すみません、写真を一緒に撮ってくれませんか」
と、女子学生3人が近寄ってきました。
こんなことは、イラン以来のできごとです。
「もち、いいっすよ。」
と、ロシアでこんなことが起こるとは思いもよらず応じました。
彼女たちとは一度そこで別れたのですが、1時間ほど美術館の中でウロウロしていると、ばったり再会したのです。
お互い、つたない英語でやりとりをしたのですが、どうやらモスクワの大学生でサンクトペテルブルクに旅行に来たようでです。
そんなこんなで、一緒に食堂で食事をすることになりました。
そもそも、ロシア人のマインドに興味があったので、突っ込んだ質問もしてみました。
「プーチンはいい政治なのかな?」
「彼はとてもいい男だわ。ロシアは周辺国から嫌われている。ウクライナとかグルジアとかね。」
なるほど、大学生ともなると多少の国際情勢は理解しているようです。
「そうそう、この前モスクワの地下鉄でテロがあったよね。」
「本当に怖いわ。ロシアのことが嫌いな国がおおいのよ。」
この辺は国によって各々事情があるので意見は異なりますが、少なくとも大学生の持っている感覚はその辺の国と変わらない印象でした。
生のロシア人と話せたことは、思わぬ収穫でした。

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世界三大美術館の一つ、エルミタージュ美術館だ。入場するのにエライ行列だった。おまけに寒いし、雨もちらほら降ってくるし。早く中に入れてくれ。


元は「冬宮」と呼ばれるロマノフ王朝の宮殿だ。内装も豪華でとてつもなく広い美術館。館内地図も見ないで歩き回っていたら、案の定迷った。ゆっくりみていたら、3日はかかるんじゃないか?


こいつは、ダヴィンチの「リッタの聖母」。意外とというか、かなり小さい絵だ。明暗がはっきりしていて、鮮やかな印象。最初に言っておくが、私に芸術の素養はない。


一番気に入ったのはこれ。ルノアールの「女優ジャンヌ・サマリー」。きれいっすねー。その他、ミケランジェロとかモネとか素人でも聞いたことのある巨匠の絵がわんさかあるのだ。


最も意味不明だったのはこれ。子供が描いた絵じゃねーの?奥が深すぎてついていけないっすわ。


街ではサイクリングの大会が行われていて、エルミタージュ美術館の前を疾走していた。


塔の奥にある水色の建物がエルミタージュ美術館。次の日はいい天気だった。


川側からみたとこ。


ペトロパヴロフスク要塞の入り口。こいつは空から見ると六芒星の形をしている。制服を着た少年少女が行進してきた。


尖塔の長さが、建物と同じくらい長い。写真におさまらないっす。


要塞の周辺では、まだ肌寒いのにもかかわらず、じい様ばあ様が裸になって日光浴していた。ずいぶん気がはえーな。


血の上の救世主教会。名前もさることながら、見かけも激しい。

2010/05/02

【ロシア】モスクワ



ラトビアは一泊で後にし、旧共産圏親玉のモスクワ行きの寝台列車に乗り込みました。
途中、国境を越えることになるので、深夜にたたき起こされ、パスポート見せながらいちゃもんを付けられるのだろうと、内心ワクワクしていました。
ウクライナではパスポートチェックがなぜか一番最後に回されたり、アゼルバイジャンでは最初にされたりと、周辺国ではない国の旅行者が来ると、入国管理官は大抵戸惑うことが多いからです。
0時あたりに列車はとまり、そのうちでかい帽子を被った警察らしき者たちがわらわらと乗り込んできます。
大方、ロシア人かラトビア人が乗客なのでチラっとパスポートを見ただけで、チェックが終了していました。
いよいよ日本人である私の番です。
「パスポートみせなさい。」
「はいよ。」
ビザのページを、ふむと見ると。
「うん、ありがと。OK」
はっ?、もう終わり??何の突っ込みもなく入国できてしまいました。

翌朝、無事にモスクワに着きましたが、ここがどの駅だかもわかりません。
しかも、持っている英語のガイドブックの地図の範囲外、あたりはキリル文字で発音すらおぼつきません。
駅前のバス停にいた、OLらしき姉さんに英語で、
「すんません、赤の広場に行きたいんすけど。」
と、地図を見せながら話しかけると、
「どれどれー。地下鉄で行けるわ。路線図あげる。」
と、かなり懇切丁寧に教えてくれました。
うお、英語しゃべれるし、ロシア人意外に親切じゃありませんか。

赤の広場では、近々ある戦勝記念日という祝日のお祝いムードで、横断幕が掲げられていたり、観客席が作られていたりしていました。
うーん、第二次世界大戦の敗戦国である日本人にとっては、複雑な気分です。

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モスクワ行きの列車で一緒になったラトビア人たち。ウォッカ飲みまくりだったな。ちなみにこの寝台列車、布団・枕の貸し出しがなかった。インド以来のサービスの悪さだ。


ついに来ましたロシア。会いたかったぜ大統領!って、プーチン?ゴルバチョフ?どっちにも似てねーな。


今日はメーデー。赤の広場に向かう途中、ロシアングッズを売っていた。その帽子、似合っているぜ。


行く手には、大量の警官がいてなんか物々しい雰囲気だぞ。その帽子、でか過ぎるぜ。


赤の広場。旧共産圏の連中は「黒」が好きだが、本家のロシアも予想通り「黒」服尽くめだ。


でた!よくモスクワの写真で見る、ヘンテコな造形の教会、ポクロフスキー聖堂だ。この奇妙奇天烈さに興奮してきたぞ。そのドームのブツブツとかヒネリとか縞模様とか、テーマパークのようだ。


先端部をドアップで。頭の中のどこを通って、こんなデザインが思い浮かんだのか不思議なもんだ。


クレムリンに聳える教会。もう、スライムにしか見えなくなって、笑いがこらえ切れないっす。


オヴォデヴィッチ修道院。スライム尽くし。


おいおい、白昼堂々と落書きか。幼稚な奴だ。


旧共産圏の御多聞に漏れず、基本的に建物はでかい。こいつは旧KGB本部。プーチンもここの出身だ。


道もでかい。思いのほか発展しているし、そこそこ綺麗だ。


こういう巨大建造物がモスクワには7つあるそうな。どうしてもこういうセンスは好きになれないなー。


グム百貨店の中で、なにやら撮影をしていた。ほう、と思って写真を撮ったらいちゃもんつけられた。だったら、ここでやるんじゃねーYO!


こっちでは、なんでもピクルスにしちゃうんだなー。


ロシア土産の定番、マトリョーシカ人形じゃん。くまのプーさんよ、そこにいるのはマズくないか?